私は大学受験において浪人した。

しかし実質の浪人期間は約半年だ。前代未聞の短期間。

そして現役時代、私が勉強に本気で費やした時間は10月からの3ヶ月、合わせても1年間の努力をしていない。驚きのタイパのよさ。受験enjoy勢!





そんな私の受験について話そうと思う。

浪人といっても、国語でも数学でもなく、美術の勉強、美術大学を目指す話になる。





美術大学には実技試験が伴っている学科が割と多く、例によって私も実技の対策をしていた。

では実技の内容とは一体なんなのか。

大きく分けると3種類ある。




1、鉛筆や木炭のデッサン

2、出されたお題に沿った色彩構成

3、粘土や紙を使った立体構成




と、三者三様だ。

なんか難しそう、だが、基本的には美術や図工の時間に使ったことがあるような道具を使う。

鉛筆、消しゴム、絵の具、粘土。小学校の時に触ったことがあるだろう。




ただ、図工や美術の先生が教えてくれることだけで大手の美術大学に合格するのは、進研ゼミだけでMARCHに受かるくらい難しい。

だから受験生は、美術の実技について教えてくれる予備校に通うことが多く、私も某美術予備校に通っていた。

今振り返ると、美術予備校での浪人期間は、現世から隔絶された不思議な時間だった。




高校を卒業したと同時に、晴れて浪人が決定した。手始めに何をしたら良いかわからず、結局4月も半ばになって実家を飛び出し上京して、まず予備校の見学に行った。

地方の予備校で受験対策をしていた私は、合格するなら有名な予備校だろうという志向が強かったため、いくつかある割と有名な美術予備校を適当に選んで見学に行った。




1つめ、2つめの予備校は、大体同じ流れだった。

最初にどの学校の何科に行きたいのか、どのくらいの期間対策したのかなどを質問され答えたり、自分の絵を見てもらえる、面談の時間が20-30分ほどある。





質問には元気に答えたものの、今考えるとこの時の私は、受験に対する知識が0といっていいほど全く何もわかっていなかった。 

持ってきた絵も見てもらった。が、しかし私はこの時、無知の知がないのだ。美大受験の知識がないことも知らない、鬼の初心者。


自分の絵を見せてみてコメントをもらったものの、ここがダメなのか、そうなんだ、とは思うがじゃあ具体的にこれからどうすればレベルアップするのかわかるわけではなかった。





ちょっとピンとこないです、とも言えるわけがないので大人しく話を聞いていると、各予備校は合格へのセオリーがあるらしい感じだった。


この練習を毎日やったほうがいいだとか、こういうカリキュラムですよということを教えてもらった。

あとは教室の様子を実際に校舎の中を見て回ったりもした。


都会の予備校の中には画材店が入っている場合もあり、設備、情報、講師のレベルなどどれをとっても地方の予備校はかなわないことを建物内を一歩歩くごとに実感した。




ひと通り見学が終わると、他のところもみようと思うので、また考えます、と伝えてそれぞれの予備校を後にした。

予備校の廊下にはライバルか、恐ろしいことに後輩か、はたまた既に合格した人間の優秀作品が張り出されて並んでおり、緊張をまとっていた私の体はさらに小さくなった。

見学した教室の中で絵を描く生徒たちは全員私より格上に見えたなあなどと初心者すぎる感想を抱きながら帰宅した。







そして3つ目の予備校でも、今までと同じように面談が始まった。

軽く自己紹介をしあって、その予備校の特徴だとか、どんな授業があるのかを教わる。

3つ目ともなるとだんだんわかってきてるぞ。

私は今までの流れのとおり、お決まりのセリフを言った。




「あの、今まで描いてた絵をみて貰えたりしませんか?「もちろんもちろん、見ましょう!」




はつらつとした食い気味な返答だった。このタイプの講師には今までの見学では会ったことがなかった。

もう3回目ともなるともちろん褒められる自信なんてない。都会の予備校のレベルは高いのだ。

いそいそと自分の作品をとりだす。




「えっーと、こんな感じなんですけど、」

「こーれは、受かるよ!」




あっさりすぎる返答にかなり面食らった。

ええ。受かるんだ。まじか。

合格のスタンプを自分の絵に押されたような気持ちになって嬉しかったと同時に、目の前の講師を少し疑った。そんなに簡単に言葉にしていいのか。面談してるってことは偉い人なんだろうに。

こっちは何の知識もない、しかも浪人生だぞ。

でも、嘘とは思えない言い方と即答度合いだった。もしかして、私のポテンシャルがすごいのか?今までは言われなかったけど、みんなすごいと思ってたのかな、じつは。




などと思考は巡り巡り、今までの面談で手にした自分のペースは崩れに崩れた。

しかし私は結局、受かるのか、受かるならと、言葉にしてくれたところを謎に信用してしまい、この予備校で1年間浪人することを決めた。