その後、日本では「シアトル系」と呼ばれたコーヒーショップのブームが起き、タリーズは私が経営に携わった10年間で300店舗を超えるまでになった。
その後、2010年にはハワイの朝食レストラン「エッグスシングス」を日本でオープンした。
エッグスシングスも全国で十数店舗に増えているが、東京・原宿の1号店のオープン時には私も店頭に立ち、アロハシャツ姿で接客をやっていた。
そんな私がいつの間にか政治家となって、自ら政党までつくっている。
しかも少数政党ながら日本の将来を左右する重要法案に深くかかわり、テレビや新聞にも時々登場している。
そんな姿を見て・・・
「松田は目立ちたくて政治家になったのか」と言われたこともある。
しかし、私にはそんな思いは全くない。
むしろ、マスコミに出たり人前で話したりするのは未だに苦手だ。
ただ、人生の各々ステージで、自分に課せられた「使命」を果たそうとしているだけなのだ。
「日本の素晴らしさを世界に広め、世界の素晴らしい日本に広める」
私が中高生のときに描いた夢である。
「食を通じて文化の懸け橋になる」
タリーズを始めたとき、また後にシンガポールに移住した時にはそう考えた。
そして
「日本の素晴らしさを世界に広めるためにも、まずは日本を元気にしたい。より良い国にしたい」
と、政治の道に進むことを決意した。
自ら思い描く「使命」に忠実に生きようとした結果、私の役割は「起業家」「経営者」「政治家」と変わっていった。
そうした肩書は、私にとっては使命を果たすための手段に過ぎず、決して目的ではない。
そして、その根底には「日本と世界各国がお互いに尊重し、認め合い、切磋琢磨して成長していく」という思いがあるだけで、それは海外での生活をしていた少年時代から全く変わっていない。
大人しく銀行員を続けていれば、安定した人生を歩めたのかもしれない。
経営者のままでいたら、政治家になるよりもずっと稼げたかもしれない。
政治家としても、新党などつくらず、既成の政党に所属した方が選挙の面では有利だったろう。
そして安保法案の賛否でも、他の野党と一緒になって「反対」を叫んでいれば、国民にはわかりやすかったかもしれない。
とりわけ政治家になって以降は、批判されることが圧倒的に多い。
ベンチャー起業家時代と同様、私は正論を貫こうとしているだけなのだが、「政治家」というだけで世の中の風当たりが違うことも正直、身に染みている。
私は常に、より困難な道を選んでしまうところがある。
確かに“愚か者”なのだろう。
しかし、たとえ一時誤解を受けようとも、愚直に生きてこそ、人生に価値が生まれるし、社会を動かすことが可能になると私は信じている。
愚か者 松田公太著
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素直にかっこいいと思いました。
銀行マンでいれば安定を得られた。
経営者でいれば、富を得られた。
それでも、自分の使命とは、を常に問い続け、挑戦し続けた。
安定や富を求めて就活する人が大半を占めるだろう。
でも、実際に、事業で成功する人や、世間的に偉大とされる人は、たいていがびっくりするような挑戦をする人だ。
人が歩みたがらないようないばらの道を選択する。
それを苦労の末、全うする。
その強い思い、強い姿勢は真似していくに値するものだろう。