かたくなに前衛的。   -17ページ目

未来に引き継ぐ勇気。



3月11日以来、過去に例を見ないショックな映像や信じ難い出来事に翻弄され、
今まで抱いていた生活の理想や人生の概念が崩れようとしています。


このシチュエーションは誰もが経験のないことだもの日本中が混乱するのは仕方がないと思う。
千年に一回起きるか否かの地震がまさか自分の生きている間に起こるとは。
そんな混乱の中でも、もちろん産業を稼働させなくてはならないし、流通を停止させるわけにはいかない。
エンターテイメントや娯楽は被災地のためを優先した思考で出来る範囲のことをすればよいし、
何より現状は、それらを良識ある範囲でタイミングよく流動させてゆくことが
震災を逃れたわたしたちに課せられた大きなミッションである。

震災後、海外メディアが日本人の忍耐強い精神を賛美しているのが報道されているけれど、
どちらかと言うと集団心理の強い日本人なのだからそりゃそうだとも思う。
小さな頃から出る杭は打たれる教育を受けてきた我々には、人と同じようにしなきゃと思う傾向がある。
今まで、マスコミがその集団心理をさんざん利用して甘い汁を吸ったり、自爆的苦汁を飲んだりしてきたけれど
ネット環境の発達により、今はネットユーザー(つまり我々)が集団心理を操る現状であるということを
心しておかなければならない。
なぜなら、我々日本人にはもう一つ熱しやすく冷めやすいという特徴があるこからである。

勿論、ご多分に漏れずわたしもそんな日本人の一人であります。

今はまだまだショックが大きすぎて、忘れることなど無いと思っているだろうけど、
報道番組が少しずつ減ってゆき、仕事に追われ日常がループしてゆくと、
いつかまた、ボタンを押せばあかりが灯り、蛇口を捻ればお湯が出る生活に慣れて、
インフラストラクチャーを整えてきてくれた方々への感謝の心や、
資源には限界があるということを忘れてしまう日が来やしないか?
節目の特別番組だけが流れる将来でも、我欲を捨て誰かのために一日一善が出来るだろうか?
この先、少しずつ震災のことが風化されないよう、穏やかな日々や愛する人を失った方々が
わたしたちと同じ環境での生活が出来る日まで意識して見守り続けることが出来るだろうか?

大切なのは普段の生活で留意しつづけることが今後の日本や地球のためなのだと改めて意識した。
日々、賢明な判断を導きだせる勇気を持つこと。
そして本当の意味でのECOという意味を学ばせてもらった10日間である。



震災で命を奪われた多くの罪の無い人々や夭折された方々へお悔やみを申し上げます。
また、そのご家族、ご友人の方々の大きく抉られた心の穴が例えわずかでも満たされる日々が
いつかくる事を心より願って止みません。