<vol.89(9)>

p.119 ジャイロ・ツェペリ

「“厳しい道を行く”か 厳しいな ただし オレとヴァルキリーだけのラインを行く その道にはとどこおるものは何もなく なめらかに回転するかのような オレとヴァルキリーだけが“なじむ道”」

 

 

言葉は影

道は振り返ったときにしか見えない

 

<vol.86(6)>

p.123 ディエゴ・ブランドー

「父親のわからない子供を産んだからといってただ傍観していただけの無関心な農場のヤツら お前らはただ母親を見捨てた 母と自分を捨て去ったどこかにいる父親も 農場の領主も 決して許さない どいつもこいつも有罪だ くそ田舎者ども オレは必ず社会の頂点に立ってみせる そしてオレを邪魔するヤツらは靴の中にシチューをもらう事よりもっと屈辱的に“誇り”を切り裂いて地面の上にはいつくばらしてやるぜ」

 

→人は自分が悪人のレッテルでも貼られない限り、目の前の悪事を"起こってないこと”にできる生き物でもある

 

<vol.85(5)>

p.11 ナレーター

「人間関係の“思い出”を作る事は“感傷に通じると考えるからだ それはあえて冷徹になるという彼なりの厳しい規律であった “感傷”とは心の“スキ間”であり“弱さ”」

 

→感傷とは立ち止まること