先に申しておきますが、これは決してこの権利を否定するものではないということを念頭に読み進めていただければな、と思います。
まず、このふたつの言葉の意味、なんとなくご存じかとおもいますが、辞書にはこのように記載されています。
[知る権利]
民主主義社会における国民主権の基盤として,国民が国政の動きを自由かつ十分に知るための権利。
[プライバシー]
2003年(平成15年)5月23日に成立し、一般企業に直接関わり罰則を含む第4〜6章以外の規定は即日施行された。2年後の2005年(平成17年)4月1日に全面施行した。
個人情報保護法および同施行令によって、取扱件数に関係なく[1]の個人情報を個人情報データベース等として所持し事業に用いている事業者は個人情報取扱事業者とされ、個人情報取扱事業者が主務大臣への報告やそれに伴う改善措置に従わない等の適切な対処を行わなかった場合は、事業者に対して刑事罰が科される。
前者は憲法、後者は法律として制定されています。
最近ではこの法が暴走しているように思えるのは私だけでないと思います。
タイムリーな話題ですと日本大学アメフト部の問題。もう少し前の話ではTOKIO山口達也の強制わいせつ問題。日本相撲協会の女性差別に関する問題などなど。
テレビを点ければまずはこの話題という時期が必ずありましたね。マスコミ各社は新しい情報をと奔走して少しでも新しい情報が出れば重箱の隅を突くかの如く連日報道しています。視聴者としては正直うんざりです。あくまで個人的意見ですが。
ここまでその当事者の私生活に介入するのはいろいろと問題があるのではないかと思われることもあるのではないでしょうか。
じつはそこには先ほどの2つの法律と憲法のうまい関係性があったのです。
私たち一般人は個人情報の保護に関する法律(いわゆる保人情報保護法)でプライバシーは護られています。ただこれが私たち国民とは一線を置く著名人になると様子が変わってしまい、プライバシーよりも知る権利のほうが優勢となります。そのため、私たち国民に有益な情報であれば、その当事者のプライバシーは問題となっている件に関してのみ無効となるのです。
だからよく、どこの誰と誰が不倫をしていたとか何億円の脱税をしているようだとか当事者または近しい人でないと知りえない情報がバンバン報道されるわけです。いわゆる有名税とでも言うべきなのでしょうか。
突然はなしは変わりますが、僕は心理を本格的に学び始めて1年と数ヶ月になります。
これまで通信制故に実験はあまり行えていませんがそれでも少しでもその遅れを取り戻そうと勉強に日々、がんばっています。
そこでテレビを見て、表情や声のトーンだけでなんとなく精神的な疲れといいますか、疲弊具合が分かるようになった気がしています。
日々のニュースでも出演している人の表情でそういったことがわかるようなことも多くなりました。
いきなりこんな話をして何かと思われた方もいるかもしれませんが、つまりはいくら知る権利が憲法で保証しているからといっても最近はやりすぎではないだろうかということです。
恐らく国民はメディアが思っているほど深く掘り下げた一個人の情報に需要を求めていないとおもいます。