実は本業、検査会社の社員をしています。
病院や老人介護施設、各企業、学校などから出される血液や尿、糞便などを分析しています。
当然ですが、ご依頼をいただけばそこに取りに行くわけですが、クライアントがクライアントですから生死の現場なわけです。
産科のように新たに生まれる命もあれば、終末期病院のように今まさに終えようとしているところも同じように伺っています。
これは人間に限ったことではなく、動物も然り。つまり動物病院もということです。
あまり詳しいお話は個人情報に関わることなので、言えないのですが容体が思わしくなく、定期的に採血してその都度状況を判断するようなことも病院側ではされているようで。その場合「検査予約」という形で回収の依頼を受けます。
たまに、その事前予約がキャンセルになることがあります。
今の仕事に携わるようになって数年。病院都合でのキャンセルなので、予定が丸々空いてしまって「なんだよー!」とか思っていたわけです。
ですが、これの意味を今日初めて知りました。
つまり、ご臨終なさったということ。
なんとも居たたまれない気分になりました。
数時間前まで苦しみながらもこの世にいらした方が今はもういない。
そうおもうと今やっている仕事の重さを実感させられました。
人間とはどうしても状況に慣れてしまうものです。
どんなに難しいことでも、どんなに責任の重いことでも時間が経てばルーティーンとなり、慣れが生じます。
今やっている仕事もまさにそれです。同じ時間に同じ施設に伺って、決まって同じものを受け取って検査をする。変わり映えのない、退屈な仕事だと感じていました。慣れてしまえば難しい仕事でもないので、それで給料いただいているのだからまぁいいかなと思っていました。
ですが、今日新たに知ったことで、自分のやっていることの責任の重さを改めて知らされました。
そういえば以前、ご依頼いただいてお伺いしたときに目前で「あ、この人のはいいです。」って言われたことがあったんです。
咄嗟に「よろしいんですか?」と返したところ「お亡くなりになりましたから。」とお返事いただきました。
なるほど。お亡くなりになられた方の検査をしても仕方ないですからね。そのときも今日と同じ気持ちになりました。
別の施設、病院でのお話ですがお伺いした際には裏口から入るというルールのところがあります。
角を曲がってさて、院内へといったタイミングでストレッチャーに乗ったシーツで全身を包まれた方がお出になりました。
つい先ほど、ご臨終なさった方がご家族のもとへお帰りになる瞬間でした。
不思議なもので、産科にお伺いした際には産まれたばかりの赤ちゃんの泣き声に無意識にも頬がゆるんだりするものですが、こういった光景には背筋がピンッとなります。
どういったご状況か判断できませんが、何にしろ今まさに人生というお勤めを終えられたわけです。心から本当にお疲れ様でしたと申したくなるものです。
話は変わりますが、僕には還暦を過ぎた父と母がいます。
幸いにもピンピンしていて、車も運転しています。
やはり老いは感じますが、子供のころ世話になっていた姿がそのままでまだまだ終末を考えることが難しいぐらいです。
ただ、人間はいつその生涯を閉じるか本人にもわかりません。もしかしたらこの瞬間に終えることだって0%なわけではないのです。
人生を終えるとき、それはいったいどんな状況なのでしょう。本人はどんなことを思ってその生涯を終えるのでしょう。それは誰にもわかりません。
今の仕事にしろ、今目指している仕事にしろ、すべてを終えるまで自身の、そしてその仕事を通じて関わるクライアントの気持ちに少しでも影響できる存在になれればと思った、今日の出来事でした。