人間とは何とも弱く、脆い存在なのかとたまに嫌気がさします。

なぜこんなこともできないのか。なぜこんな弱い考えしかできないのかと。

それはすべて自身の精神的な弱さが原因だと感じています。

いっそ、機械のようにコレと決めたことはそのとおりにできればいいのに。そんなことを思ったことが誰にでもあるのではないでしょうか。

勉強然り。仕事然り。人付き合い然り。会話然り…。

たしかに機械のようにプログラミングされたことだけを忠実にできるのであれば、より効率的に作業を進めることができるかもしれません。

このブログのように「こう書こう」と思い、その通りに文字をタイピングすれば、PCの一存で一文を書き加えたり、逆に削除したりすることはないのですから。

ただ、日本語には「人間味」という言葉もあります。人間らしさ、人情なんて言葉もありますね。これが感情を持った人間含めた生き物にしか与えられていない特別な感情です。

今のロボット技術は大変精巧でAIなどというものもできていますし、その技術も日進月歩で進化しています。それでも生身の人間のように表情や仕草、声のトーンの微妙な変化などでその温度感を感じるまでのものは今はまだできていません。

あと数年、数十年もすれば今は人間にしかできない仕事もコンピュータやロボットが代わって行うようになる職種もあるなんて言いますが実際はどうでしょう。いつまでも人情味あふれる世界でありたいものです。

 

では、カウンセラーに代表される心理士はどうなのでしょう。

いわば前述の代表職といえるような仕事です。

クライアントの表情や仕草、トーンや挙動からどんな心理状態かを感じ取って会話を進めるプロフェッショナル。この仕事に関してはしばらくロボットが代わる時代にはならないでしょうね。

ただ、だから自分をコントロールすることが難しい仕事でもあります。

セラピストもひとりの人間なわけですから、その日その日で感情の浮き沈みはあるでしょう。

例えば肉親の死別など、こういったつらい出来事がまったくないわけではありません。

それでも、クライアントにしれみればそんなこと関係のないことで。いつもどおりのカウンセリングを求めてきます。こちらもそれにしっかりと応えなければなりません。

どんな状況であっても自分本位でクライアントの前に立つことは許されないのです。

自己コントロールがとても大切で、且つ重要な仕事。

だからこそ、僕は心理職全般を尊敬しています。

言ってしまえば自分がそのフィールドに肩を並べて立つのはおこがましいとまで思っているぐらいです。

 

自分に厳しく、難しい仕事。

いつか、同じように尊敬してもらえる存在になりたい。そのためには今から自分への傲り、甘えを完全に捨てる努力を必死に、文字通り必死にしなければならないと思っています。