ルビコンの決断☆東京五輪☆ | 人生色々心は---広く

人生色々心は---広く

ブログ再開しました、日々の日常生活をゆったりと綴って行きたいと思います

45年前~戦後20年で開かれたオリンピック

その舞台裏には・・・ビックリマーク

1964年東京オリンピック 93の国と地域5152人の選手が参加

スポーツの祭典というだけではなく~戦後荒廃した日本の

経済発展アップ首都高速道路 新幹線の開通 代々木体育館などの施設など

その経済効果は9兆円とも言われています

その東京五輪に尽力した二人の日本人日本水泳連盟会長 田畑さんと 

                    ロサンゼルスの日系2世 フレッド 和田勇さん

日本に尽力を

田畑さんは戦後2ヵ月で水泳連盟を再開

有望選手を集めて練習されていたそうです

その中には先日他界された古橋さんもおられたそうです

第二次世界大戦後初の五輪は日本は不参加に

それはロンドンで行われて日本とドイツは安全が保障できないという理由だったそうです

平和の祭典・・・なのに

アメリカの占領下にある日本は国際大会にも参加ができなかったそうです

その時ロンドン五輪に参加できないので有ればぁ

日本で日本選手権を同じ日にちで同じ時間で行った事

その時古橋さんは1500mで世界新記録を樹立されたそうです

これはロンドン五輪の優勝者を41秒も上回る記録

でもその世界記録は承認されなかったそうです

田畑さんは次に日本が国際水連に復帰した時に

国際大会に参加

その時にフレッド 和田勇さんが尽力されたそうです

戦後で遠征費もなかった為に・・・困っていた

その時に日本人選手の宿舎をお願いする新聞広告を見る

その時和田さんは日本に恩返しをしたという気持ちで

そして選手が6人到着

車での送迎や通訳や食事の世話や洗濯などを全てを面倒を見られたそうです

それも全て無償で

そして全米選手権大会

会場にはたくさんの日系人の方が見に来られたそうです

そして世界記録を39秒も短縮驚異的な世界新記録

その大会で自由形6種目で5種目で優勝

9つの世界記録を樹立されたそうです

日本でもこの事が伝えられ歓喜していたそうです

そしてヘルシンキ五輪から日本の参加が認められると決定される

そして田畑さんは動く~

五輪を東京に招致する為に都知事に許可を貰いに

都知事は財政的に認められなかった

それは五輪を開くためには200億円・・・現在の4000億円が必要だったそうです

内訳は建設費が120億円 選手の旅費や運営費が80億円

財源の確保・・・

そして入場料収入を15億円 テレビの放映権料が5億円

残り60億円は

観光収入で・・・

都知事は政府に働きかけ

当時の総理 岸総理も快諾する

この五輪で日本の生活も変わる

テレビ普及率1964年32.3% 右上矢印1964年87.8%に

そして東京五輪から初めて衛星中継が

そして誘致活動

中南米の票を和田さん尽力された

そして当時の岸総理は和田さんに特命大使級の権限を与える

その時はミュンヘン総会まであと2ヵ月

和田さんは11ヵ国を30日で回る強行スケジュール

そして・・・

東京は過半数の34票を獲得して開催に決定☆



そして現在の日本は

2016年の東京五輪を目指していること

世界一コンパクトな五輪を目指して

オリンピック☆見る人に感動を与える事 元気と勇気を貰える


運命の日まであと8日


戦後復興を目指して日本の再興と日本人の魂みたいなのを取り戻すために目指した

1964年の東京五輪☆


今回の五輪は

景気回復と今まで歩んできた日本を世界にしめす五輪になりそうな気がします

どうなるか分かりませんが五輪を誘致する事で激変する事も有るような気がします

今の日本の起爆剤になるようなぁ・・・