私は、個人的に「時代の流れ」という言葉は極力使わないようにしています。

話がまとまらなかったり、意見が食い違った時、この言葉が「魔法」のように話を止める、もしくは流してくれます。

「それを言っちゃ~おしめ~よ。」

人との対話は、常に落としどころがあるわけではないので、締めるとなればこの言葉が使われてもおかしくありません。

私が知る限り、英語ではこのような言葉を使うことはありません。

近しい意味合いの言葉で、ニュアンスとして使われるのは "Generation Gap" (世代間の違い)でしょうか…。(感覚が違ったら、ごめんなさい!)

様々な国々の人と人財育成・開発について今でもよく議論しますが、この言葉は出てきません。

フランスにいた12年間で、フランス人からこのような言葉を聞くことはありませんでした。
 

「欧米では…」という言葉を毛嫌いするのは違う

ここ数年で日本のWebサイトで感じるのは、「外国人の写真使うことが増えたね。」です!

また、一筆のシンプルな絵が売れているようですね。

10年前に日本のクライアント様のWebサイト製作で、所々外国人の写真を使うと、「見慣れない外国人は使わないで」と言われました。

これは、時代の流れではなく「テイストの変化」ですね!

忘れてはいけないのは、日本は他国から多くを学び、持ち帰り、大事に育て、新しい息吹を吹き込むことでさらに大きな飛躍を遂げてきたからこそ、今があります。

その後、私たちの生活が豊かになったことで、「欧米では」という言葉を毛嫌いすることが多くなりました。

私は、今だからこそ学ぶべきことが多いと感じています!

っと言っても、普段の生活から欧米?ってなりますよね。タカ&トシじゃあるまいし。

つまるところ、「私たちは、これ!」って言いきれる国民性があればよいのですが、いざとなると「過去に例がないため…」となっちゃって、何も進まないことがおおいですね。

Webだけでなく、ITでも同じことがいえます。

私たちが使っているインターネット(回線)品質。ご存じか分かりませんが、「欧米に比べて」10年遅れであることを…。

これだけ情報が共有されているにも関わらず、この事実を知らないのは、毛嫌いしたこともひとつの原因なのではないかと思う今日この頃です。
 

着物を捨ててから、何かが大きく変わったのかも

着物を着て出社する人は、ほぼいません。普段着で切る人も少ないですね。私もその一人です。お恥ずかしい…。



 

ここ最近、着物スーツたるものが出ていますが、何かのずれが感じられます。

「時代の流れ」で西洋の服(=だから洋服)を着るようになり、楽だということから選ばれてしまったと聞いたことがあります。

無論、「今までに着たことのないおしゃれな服」として、明治時代は選ばれたし人々が洋服を着ていたと記録に残っています。(今でいう、上級国民でしょうか。)

床から椅子になり、草履から靴になり、生活習慣でさえも「取り替えられました。」

何もそれが悪い!っと言っているわけではありません。

しかし、今一度お考え下さい。着物を捨てたことで何かが大きく変わったのではないかと。

それをインターネットに置き換えて考えて見てください。

「ブログを書くのは時代遅れ。AIに書かせよう。」

 

… … … は?

 


大切にすべきものに見向きもしなくなった時、それを失う以上に大きなものを失います。

さて、皆さんは私たちの古来のもので大切にしているもの、身近にありますか?

皆様のWebライフが、より美しいものになることを願って…。

##マイメモ

#モードエイト #私は今でも手書きと鉛筆を大切にしていますよ #着物は素晴らしい #なんでもかんでも西洋かぶれ #そろそろやめましょうか