その頃の私は、田舎から上京したばかりで、
子供もおらず、毎日暇を持て余していた。
昼はたまに介護の仕事をして、時折渋谷のワインショップでも働いていた。
暇さえあればワインの知識本を読み、
店では店長から話を聞いたり、
たまに来るソムリエさんから話を聞いたりして、ワインについて勉強していた。
だから、正直フランス語であっても、ワインリストならわかると思ったのである。
ボーイは、分厚いワインリストではなく、
メジャーどころを基本にした、4ページくらいのリストを持ってきた。
今思えば、それも見下されていたのかもしれない。
一流店のワインリストは、日本でも冊子のようになっている。
チラッと見てみると、
乾杯用に、グラスのシャンパーニュがあった。
私はそれを2つ頼み、
白ワインリストの中から、
これだと思うワインを選んだ。
モンラッシェである。
これならきっと牡蠣に合うはずだ。
いくつかある中で、
サシャーヌモンラッシェのプルミエクリュの、
一番高いものに決めた。
日本で買えばおそらく2万円くらいの物だ。
そのリストには、ユーロで記載されていたが、
ざっと計算して、45000円くらいだったと記憶している。
私がこのワインをボーイに伝えると、
急に表情が変わった。
明らかににこやかになり、
サービスが良くなったのである。
彼はきっと内心こう思っただろう。
「このアジア人、意外とわかってるヤツじゃないか笑。お金も持ってるみたいだし、とりあえずサービスしておくか。」
私達はお金を持っているわけではなかった。
ただ、カードで支払えば良いのである。
旅先では財布の紐も緩む。
名前は忘れたけれど、乾杯のシャンパーニュも十分美味しかったし、
適度に冷えたモンラッシェは、素晴らしかった。
私達はすっかりご機嫌で店をあとにした。
そしてこの話にはオチがある。
私はその夜、
人生で初めて牡蠣に当たったのである。