夕方、リハビリが終わって
ラウンジでお茶を飲んでいた時のことだ。
トトが新しい家の事でいろいろ話をしていたら
いつもは、ほとんど言葉をしゃべろうとしないカカが
身ぶり手ぶりに、言葉にならない声を出し
一生懸命、何かを伝えようとする。
ふだんの会話は、首を縦に振るか横にふるか
そしてポツッ、ポツッとカカがつぶやく、短い単語でコトが足りる。
しかし気がはやると、カカの口から出る音は
まったく言葉にならない。
それでもトトは、懸命に聞きとろうとする。
でも…わからない。
左手をさかんに動かし、表情で訴えようと
カカも必死に言葉にならない声を発する。
「●●?」「△△?」「◎◎?」……と
思いあたる単語を投げかけるが
(違う!違う!)と、首を横に振るばかり。
「ちょっと待って!メモ帳買ってくる」
と、売店でメモ帳とボールペンを買い、カカに字を書いてもらう。
カカが懸命に書く文字(?)を読みとろうとする
「××?」「◆◆?」「▼▼?」と尋ねる。
(そうそう!)(違う!)
首を縦に振ったり、横に振ったりするカカ。
単語を投げかけ、言葉をつむぎ、確認し続けるトト。
それでも…肝心なその先が、わからない。
「この字は〝き〟だよね?これは〝ゆ〟だよね?」
(そうそう!)
しかし、つなげてみても単語にならない。
そのうち、カカの瞳に涙があふれ
ポロポロポロポロ、頬を伝う。
「ちょっと待って!泣いてもわからんよ。もう一度…」
そうやって何度か問いかけをくり返すが
結局、カカがその時伝えたかったことは、わからずじまい。
カカの書いた文字(?)を
一字一字確かめながら、その意味を読みとろうとするが
うまくいかない。
「もういい!」
なぜかコレだけははっきり発音して、カカがボールペンを投げ出した。
「なんでアタシを一番よく知ってるはずのタロが
アタシの言いたいことをわかってくれんと!って思っとるっちゃろ?」
(ウン)
「腹が立って、はがいくて、情けなくて、つらいっちゃろ?」
(ウンウン)
「でもね、一番わかってるはずの自分がわかってやれんのは
ものすごくはがいいと。カカと同じだけ、タロもつらいよ。
でも今は、まだわかってやれんっちゃん」
(………)
「カカの頭で思った文字と、書く文字や話す音が、今はまだ一致せんと。
タロはどうしても、書いた文字や話す音を
読みとったり聴きとったりしようとするけど
それは頭の中で思ってる文字や音とは違うんだよね?」
(ウン)
「今はまだ、脳の損傷のせいで、頭と手と口が一致せんっちゃけど
失語症はリハビリを続ける限り、必ず良くなっていくそうやけん
あきらめんで毎日やり続けよう?
新しいおウチに移っても、トトと一緒にやり続けよう?
いつか絶対に、頭と手と口がつながって
思ったことが言葉や文字になる日が来るけん。
タロも、なんとかわかってやれるよう頑張るけん、あきらめんでやろ?
ホントに、今はわかってやれんでゴメンね。
悔しいよ…悔しいけど、今は仕方ないっちゃん」
そう言うと
(仕方ないね、わかった…)
そんな顔をして、泣きやんだ。
カカの言いたいことがわかってやれず、心の底から悔しいという気持ちと
でもそうやって、自分の言いたいことをなんとか伝えたい!表現したい!と
思い始めた、カカの変化をとても嬉しく感じた。
「気づいた?さっき〝もういい!〟って、はっきり発音してたよ(笑)。
今まで言えなかった言葉を
瞬間的にでも、はっきり言えるようになったんだよ。
すごいやん!昨日できんかったことが、今日できるようになったのを
タロはこの数カ月間、山ほど見てきたよ。
やけん、絶対に良くなり続ける!って信じられる。
あきらめんでやり続けよう。
あせらんでいいけん、毎日毎日いっしょにやっていこう…」
前夜、録画していたハイビジョン特集を見た。
大竹しのぶが、ヘレン・ケラーの生家を尋ね
「奇跡の人」には描ききれなかった
ヘレンとサリバン先生の暮らしを、ひもとく番組だった。
(彼女は舞台でサリバン先生を演じている)
ヘレンの自伝の中に
『次第に、私は自分の中に収めきれないものを
外に爆発させたい、という衝動にかられていった』
という一節があるそうで、その衝動が、サリバン先生と出会うまでの
暴れて手におえない行動に、結びついていたようだ。
そして有名な〝古井戸の奇跡〟のシーンで
〝すべてのものには名前がある〟ことを知った時の喜び。
『これで私は、自分の中の何かを、無限に表現し続けられることを知り
人生に希望の窓が開いたようだった』
と書いている。
この番組と前後して、両手・右足が生まれつきなく
短い三本指の左足で、自分ができる事をしながら
明るく生きている、二十歳の女性のドキュメンタリー番組も、見た。
トトは思ったよ。
「カカはまだまだ恵まれている。
ヘレンと違い、目も見えるし耳も聞こえる、言葉だって知っている。
この女性と違って、両手両足はある。
左手左足は動くし、右足だってマヒしててもカラダを支える事ぐらいできる。
できていた事ができなくなったのは、本人にしかわからん悔しさかもしれんけど
まだまだできる事がたくさんある。
ヘレンだってこの女性だって、自分の人生をこんなに前向きに生きている。
彼女たちと同じだけのエネルギーを、松尾知子は持っている。
やれないはずはない!」
誰かと比べてモノを考えるのは、好きではない。
けれど、彼女たちは共通して、はじけるような笑顔の持ち主。
あの笑顔は、人生を存分に生き、幸せを実感している証拠。
だからあえて、彼女たちとカカを並べて考える事が出来た。
できない事ではなく、できることに焦点をあて
しっかり支え、見守り、待ち、信じ続けることが、トトの役目。
信じられないほど激しいエネルギーを持ったカカとの
『がぶり四つ』で向き合う段階に、進んだようだ。
寒がりのモダンは
トトが洗濯しようと持って帰った、カカの夏布団に
もぐりこんでしまった。
カカの匂いがするんだろーね。
カカもトトも、のんびりがんばれ~♪
カカの頭と手と口がつながったら
この5カ月間に感じた事や思った事を
ずーっと『千夜一夜』みたいに話すと思うから
それはそれで大変かもね~(笑)。
でも、いつかその日が来るのを、楽しみにしてるよ。
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