荻野目洋子はなぜブレイクしたのか?アイドルから実力派歌手へ
80年代のアイドルを語ると、私が真っ先に思い浮かべる一人が荻野目洋子さんです。
実は昔、私は荻野目洋子さんのファンでした。
現在では「ダンシング・ヒーロー」のイメージが圧倒的ですが、デビュー当時は今とは少し違う印象を持っていました。
最初は「みゆき」の声優という印象だった
私にとって荻野目洋子さんは、歌手というよりもアニメ『みゆき』の若松みゆき役でした。
デビュー曲の「未来航海-Sailing-」を聴いたときも、
「みゆきが歌っている」
そんな印象を受けたことを今でも覚えています。
アニメを見ていた人なら、同じように感じた人も多かったのではないでしょうか。
アイドル全盛期ではライバルが多すぎた
もちろん荻野目洋子さんは十分かわいかったです。
しかし、当時は80年代アイドル全盛期。
かわいいアイドルが次々とデビューしていました。
同世代には、
- 菊池桃子さん
- 岡田有希子さん
- 長山洋子さん
といった人気アイドルが並び、まさに激戦区でした。
さらに女優としては、お姉さんの荻野目慶子さんがすでに活躍していたため、何かと比較されることも多かったように思います。
その中では、どうしても少し埋もれてしまった印象がありました。
歌唱力は最初から高かった
ただ、一つだけ他のアイドルと違うと感じていたことがあります。
それは歌唱力です。
デビュー当時から歌は本当にうまかった。
だからこそ、アイドルとしてのかわいさだけで勝負するよりも、歌を前面に出した方が本来の魅力が生きる歌手だったのだと思います。
「ダンシング・ヒーロー」で本当の実力が開花した
その転機となったのが「ダンシング・ヒーロー」です。
ユーロビートの力強いサウンドと抜群の歌唱力が見事にマッチし、一気に大ブレイク。
アイドルという枠を超え、実力派シンガーとして広く認められるようになりました。
今でもイベントなどで流れると自然と盛り上がる、80年代を代表する名曲です。
長山洋子との共通点
同じ頃に活躍していた長山洋子さんも印象的な存在でした。
現在は演歌歌手として知られていますが、もともとは演歌歌手を目指していたそうです。
しかし、あまりにもかわいかったため、事務所の方針でアイドルとしてデビューしました。
ところが、歌唱力は最初から本物でした。
その後、「ヴィーナス」が大ヒットし、アイドルとして人気を確立します。
実はこの「ヴィーナス」は荻野目洋子さんもアルバムでカバーしています。
さらに二人とも、洋楽カバーをきっかけに大ブレイクしたという共通点があります。
そして、
- 荻野目洋子
- 長山洋子
と、どちらも「洋子」。
今思えば、「二人の洋子」が80年代の音楽シーンを盛り上げていたのは面白い偶然ですね。
岡田有希子という大切な存在
80年代アイドルを語るうえで、岡田有希子さんの存在は欠かせません。
荻野目洋子さんも長山洋子さんも、岡田有希子さんとは同期デビューで親しい友人でした。
テレビ番組やイベントで顔を合わせることも多く、同じ時代を支え合った仲間でもあります。
1986年に岡田有希子さんが突然この世を去ったとき、その衝撃は芸能界全体を包み込みました。
もちろん、親しかった荻野目洋子さんや長山洋子さんにとっても、その悲しみは計り知れなかったことでしょう。
80年代アイドルの華やかな時代の裏には、このような忘れることのできない出来事もありました。
アイドルから実力派歌手へ
荻野目洋子さんも長山洋子さんも、最初はアイドルとしてデビューしました。
しかし共通していたのは、歌の実力です。
かわいいだけでは終わらず、歌唱力で長く第一線を走り続けました。
長山洋子さんは演歌という本来の道へ進み、荻野目洋子さんはポップスの実力派シンガーとして確固たる地位を築きました。
今でも二人の歌が色あせないのは、その実力が本物だったからなのでしょう。
今でも忘れられない80年代アイドル
振り返ってみると、荻野目洋子さんはデビュー当初から実力は十分にありました。
ただ、アイドル黄金時代という、あまりにもライバルの多い時代だったため、最初は少し埋もれてしまったのかもしれません。
しかし、「ダンシング・ヒーロー」をきっかけに本来の魅力が一気に花開きました。
私にとって荻野目洋子さんは、「みゆき」の声優として知り、ずっと応援してきた歌手です。
だからこそ、大ブレイクした姿を見たときは、自分のことのようにうれしかったのを今でも覚えています。
80年代は数え切れないほどのアイドルが活躍した時代でした。
その中でも荻野目洋子さんは、歌唱力で勝負できる数少ないアイドルの一人だったと私は思います。
そして、長山洋子さん、岡田有希子さんを含め、この世代のアイドルたちは今でも色あせない輝きを放ち続けています。
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