4月14日・・

最近 少しだけ 地震や津波の事以外にも 目を 向け始める事が出来てきて このブログにも書いてみたくなる題材が チラホラ・・ニコニコ

U^ェ^U 気になる犬・・

震災が 起きて 何かと用アリで、避難所の高田一中に
足を運んだのだが・・
一週間たたない辺りから、とても気になる 貼紙を見つけた。
『ミニチュアダックスを 探しています・・避難所から、いなくなってしまいました・・』

飼い主の切々たる訴えと、携帯番号が 書いてある、手書きの貼紙が あっちこっちに・・
飼い主さんの名前を 見ると、私の勝手な想像だが、若い女性だなぁー・・と
思った。

震災後すぐに、行った時、外の自転車置場に 何匹かつながれていて 元々 外で飼われていたのかな・と思われる犬達の中に、確か一匹・・ダックスがいて・・

可愛そうにしょぼんいつも 家の中に置かれていただろうに・・急に 飼い主から離されて 外につながれて・・
不安だろうし、寒いだろうし・・この ワンコ達は、夜は、どうされてるんだろう・・多分、避難所の中には、入れられないんだろうなぁ-・・と・・
胸が痛かった(T_T)
それが 今度は、いなくなった!!と・・

あれだけ 一中の校庭には、人・車・報道陣の人・・人で溢れてるのに
たまたま リードが外れて
しまって さ迷い歩いたとしても 誰かしらが、『犬がはぐれてるぞ!!』と 届けるんじゃないか・・
と 思った。
特に 室内犬は、自由にしたからと言って・いきなり走り出して 人気のない所に雲隠れ・・なんて事は、多分しないんじゃないかなぁー

ここからも、あくまでも私の勝手な、推測ですが・・
『誰か、盗んで行ったなっ!!シラーあせるあせる

ペットを飼ってる人は、みんな、同じ気持ち・・
ペットも家族なんですしょぼん
子供なんです・・
だからこそ・・自分の命さえ助からないかもしれなくても 抱いて逃げるんです。 避難所に 連れて夜を 明かせないとなれば、自分が、外に出て 一緒に寒さに震えながらも、自分の胸元に入れて夜を 明かしたり 車で一緒に寝たり・・
テレビでは、捜索に犬の力を借りたりしてるのを 報道したりしてるのに、
人と一緒に避難してきたペットの事は、あまり取り上げてくれない。


最初は、親切な やはり犬を自宅でも 飼ってて 家が流されてないから、気の毒に思って しばらくは、 置いてあげようと思って 連れてったんじゃないのか?と私が言うと、 旦那が・・
だったら 普通、飼い主に断ってから 連れてくだろう!! 犬を飼ってる人間なら 勝手に持ってったら飼い主が どういう気持ちになるか・・一番わかってんだろう!?シラーと・・


そりゃそうだ・・

毛並みの綺麗なダックスだった。 きっと いい犬だと思って盗んでいったんだなっ。
人さらいと 一緒じゃないかっ!!
感情のない 物ならまだしも・・
飼い主の気持ちを 考えると これ又 胸が痛くなった。
せっかく 一緒に生きられたのになぁー・・

日本は、治安がいいから・・ どさくさ紛れの 火事場泥棒や 暴動が起きない・・みたいな事を 当たり前に みんな 思ってるだろうけど・・
確かに 外国みたいに すぐに 店のショウウィンドウを ぶち破って 大人も 子供までも 泥棒に入る!
そんな あからさまな事は、報道されていないだろうけど・・

こういう ひどい事を する人が いるのです!!
この時は、まだ 犬泥棒に腹を 立て、 フガフガDASH!DASH!怒り狂っていた 私でしたが・・

そのあと どんどん『 泥棒』 人で無し!!が 多発し始めたのです

揚げ句の果てには、遺体のポケットから 財布を 抜いて現金だけ抜き、財布は、お腹の上に ポイッ台風台風DASH!

こんな事って・・
考えられますか?(これは、又、次回・・)

ワンコは、その後どうなったのかは、わかりません・・可愛いから・黙って連れてきてしまった・・
としても・・
暖かい所で 世話を してもらえてる事を 祈ってます・・しょぼん
飼い主さんに 返してあげるのが 一番だと思いますが・・
4月11日

そんなことは、誰も聞いちゃいないよシラー・・ってかんじでしょうがガーン

私は、元気ですo(^-^)o


3日たち、1週間たち、10日たち・・20日・・1カ月・・節目〃で、『もぅ〇日になるのかぁー・・』『早い様な・・まだ たったそれだけしかたってない様な・・』毎回 同じ事を 言っている。

11日が 近ずくにつれ 一ヶ月前の今日は、何をしてただろう・・
休みでどこどこ行ってたなぁー・・仕事で 〇〇さんと 揉めて怒鳴られたなぁー・・
記憶の中ですら だんだん3月11日が 近づくにつれ怖くなっていく・・
今思えば、3月9日の津波注意報が出た 地震は、予告地震だったんだなぁー
そんな事とも思わずに 急遽家に帰れる事になり、私の職場は、海がすぐ裏手にあるので・・
まずは、とっとと帰れば良いものを・・ドラックストアに寄り、呑気に買い物をして 駐車場でちょっと友達と話をして帰った。 楽しみにしている、昼メロを 見れてうれし~なぁ~ってなもんだった・・

人の人生・・
本当にあしたには、どうなるか わからないなぁーとつくづく思った。

今回、震災で亡くなった方々だって、まさか自分が今から死ぬ・・なんて 誰一人思ってなかったんだから・・

やっぱり 生きよう!
生き抜こう!
同じ生きていくなら、笑って生きて行こう!
いきなり 命を絶たれたとしても、 あまりにも中途半端な生き方を していたら 自分も心残りだし
私を 覚えていてくれる周りの人にも 何か中途半端に生きてた奴だった・・とは、勿論表向きは、誰も言わないだろうけど・・
忘れられてしまうのは、早いだろうなっガーン
そんなんじゃなく!
死んで数十年たっても、あいつは、強烈な奴だったと語り継がれるような・・
とにかく一生懸命・・
あいつがいないと 寂しい・・と せめて感じてもらえるような・・
ちゃんと生きよう・・。
1からだっ・・あせる

地震の起きた時間 14時26分 津波が街を 飲み込んだ時間 15時23分・・


私は、今日 避難所から親戚の家の 離れに住まわせてもらえる事になった 実母の引越しを 手伝った。
実家は、隣町で 主要機関は、ちゃんと残っているから・・ 14時26分の 黙祷の時には、防災広報が アナウンスし、黙祷の間は、サイレンが 鳴り続けた・・
地震で 揺れてる瞬間が 蘇ってきて 怖くなった
久々の 甲高いサイレン・・怖かったし 聞きたくなかった・・
黙祷が 終わると、母が あの地震と津波さえなければ・・と 涙声になったが、『さぁ!!暗くなるまでに(ここは、まだ電気が きていない)少しでも 片付けなきゃあせる』と、又 黙々と片付けはじめた・・
今日から 誰にも気を 使わず 足を 伸ばして眠れるだろう・・
だけど 今日から 一人ぼっち・・
かなり気の強い母だが 人一倍寂しがりや・・
まだ 電気の来ない 夜の長い生活を 続けなきゃいけない。
避難所は、そろそろ解散して欲しい雰囲気らしく、電気が開通するのを 待たずこれからの 自分の家に入った。
やはり 電気が 来るまで・・ わが家に来ないかともぅ 一度あした 言ってみよう・・
余震が 続く今・一人は、とても怖いから・・
不安で不安で仕方がないだろうから・・

やはり 母は、強いなぁー・・ 見習わなきゃいけないなっ・・
4月7日 夜11時半すぎ・・
又、6弱?が来ました。

お願いです(・_・、)
神様が いるなら・・
もぅ 地震を 起こさないで下さい・・
本当に この願い・一つです・・

最初の震災の時 連絡が全くとれず 安否を 心配してくれた 関東の友達達は、ネットでいろいろ探しまくっているうちに すっかり陸前高田に詳しくなっちまったニコニコと・・
成る程・・細かい地区名や、避難所 通行止めの道路・・実に詳しかった(^_^;)友達というのは、本当に〃ありがたいものだ(:_;)


その中の友人一人に、やっと連絡が繋がって 喜びあった後 言われた。
阪神大震災の時も、新潟中越の時も だいたい1カ月たつ辺りに 同じ規模の大きなやつが もう一回来てるから!! 絶対!!気を 抜いては、いけない!と・・ガーン
頭には、置いていたが、電気が通った今、懐中電灯の電池を 抜いて他の物に入れたり、ラジオも どこにおいたっけ・・
そんな状態だった。

実家が こちらの東京にいる後輩が、震災後実家を見舞いに 帰ってきて、我が家にも 顔を 出してくれた。 話題は、震災の胸苦しい話だったけど・・
又 会えて良かった・・
顔を 見ることが出来てよかった・・とつくづく・・
その後輩夫婦を 見送ってさて・・ちょっと残った茶碗を 洗って 寝る支度・・と 思っている時だった。息子は、お風呂に入って間もないときだった

「え?地震か?」と 思う間もあまりなく いきなりガガガ長音記号1長音記号1長音記号1ッッと・・
もんのすごい 揺さぶられた。私は、娘を 起こしに走り 息子には、「早く!!!!〃出なさい!! 体を 拭いて 何でもいいから まといなさい!!」絶叫した
旦那は、犬を 抱えて 玄関を 開けに走ったが 後ろ姿が、変な走り方だったガーン・・
夢中だったので 立って居られないというより 無理矢理 立ちはだかっていた。
震災の時は、お客さんのとこの 大きな建物の中だったので それは、それですざましい勢いで 下から突き上げられる様な感じだった。
自宅は、木造平家の横長な家・・ 家を下から 持ち上げられて ひっくり返されるのでは、ないか・・
そんな感じだ。
揺れが おさまると同時に
パツン パツンと 電気が切れ、停電・・
真っ暗になりました。

普段だと、地震がおさまると同時に 防災広報が 叫びだし サイレンが怖い位に鳴り響くはずなのに・・

シーーーン・・


震災ですべて 流され 呼び掛けるものも 無いのです!!!!
その時 初めて 別の意味で街が 無くなってしまった恐怖を 実感。
又 震災の時の 恐怖が 生々しく蘇ってきて足が 震えました。
しばらくして わずかな消防車や 救急車っぽいサイレンが 街の方から 聞こえてきましたが、夜のため、海も何も 見えない。
情報も なく 真っ暗で様子すら見えない。
我が家の場所まで 津波がくるなら・・確かに高田は、すべておしまい・・
それは、わかっては、いるのですが 堤防も建物も無くなった今は、真っ向来られたら 微妙な位置なのです・・ガーン
じいさん 旦那 義弟 我が家に避難してる(46)他人なんだけど 兄さん・・
男性陳は、 大丈夫だぁー 避難は、しないべー・・という雰囲気だった

そんなとき 下から一台の車が 上がってきて、家の横を 通りすぎる時 『高台に 逃げろ長音記号1長音記号1!!
と 絶叫に近い 言い方で 声をかけながら 自らも止まらず走り去って行った

・・・・

車に乗って ここなら大丈夫だろう・・ 高台にやってきた。

あの叫び声を 聞いた瞬間
身が すくむ想いだった。
何回も 震災後テレビでみた消防団の人達が叫びながら早く 早くとみんなを走らせてる映像を 思い出した。 真っ暗で 何も見えてないだけで すぐそこまで津波が 来てるんだと思った・・
車で 高台に行ってる途中、一回は、助かったのに・・家族みんな助かったのに・・
私は、死んでもいい。
必ず必ず子供らだけは!!助けよう・・と 思っていた。

幸い・・
津波は、すぐ到達したみたいだし 50センチ とか 言っていた。

長音記号1長音記号1助かった・・
ヘナヘナ(+_+)になった。
家の中は、照らしてみると震災の時より ひどくグチャグチャになっている気がした。

でもいい・・
誰も ケガもしなかったし
死ななかったし・・
それだけで 充分だ・・
片付けなんて なんてことは、ない・・
夜が明けたら・・ がんばって 片付けるぞ!
又 停電生活の始まりだ。
明るい うちにがんばろう!と 前向きに息込んだが・・
おもいっきり寝過ごしてしまったm(._.)m