4月23日 一日
またもや余震が 続いてますね・・
何だか 嫌な予感。
雨も ドシャ降り状態で一日降っていて・・ こんな時に大きいの来て また避難したりしなきゃいけなくなったら どうしよう・・
又 停電になったら・・
最近 すっかりビビリ野郎になってしまって(T_T)
自分でも どうしちゃったの
という 感じです。
一番 告白したかった事なのに、 触れたくない部分でもあって 今まで自分の中だけで 想い続けていました・・
震災の時、私は、本来の自分の職場から、 仕事で 自分の自宅のすぐ近くの 高台の建物に居まして・・そこで あの地震にあいました。(その日の そこへ行くまで・・は、ブログの最初の方にあります)
今 思い出しても とにかく長かった
と いう事と 一緒に手を取り合って 身を 寄せ合った方の手の感触とか 次の瞬間 どうなるんだろう
という ギリギリの所の恐怖感みたいなものは、よく思い出せるのですが・・
『揺れ』に関しては、今までに経験した事がない揺れ方で、あまりに 怖かったんだと思います。
この位の揺れだったなぁー・・と 体の感覚で思い出す事ができません
まさか あの後、あんなすごい津波が 来るなんて 誰もが思ってなかっただろうし、 もちろん 私も 思ってもいませんでした。
私の 職場の場所を 知っている そこの人に、職場に もどっちゃダメだよ
と強く念を 押されましたが、私は、すぐ 車に飛び乗り まずは、自宅に フッ飛んで行って 車から降りないまま そこにいる家族(幸、その日は、長男と私以外は、みんな家にいたのです)に怪我がないか?
だけを 確認して
旦那に 「お店に戻るから
子供ら頼むね
」とだけ言って 猛スピードで 職場へ向かいました。
わたしの職場は、本当にすぐ裏が 高田松原
なので普段、津波が 来たら私ら多分 死ぬなっ

そんな 会話は、常でした。
津波は、来ないと思ってたけど なんか とにかく怖いから 上の指示を 待ってなんていないで 避難だけでも すぐさせなきゃ
という 思いでした。
夢中で 車を 飛ばしていたので 対向車線(海から遠ざかる方)が 渋滞し始めていた事は、覚えています。
停電で、 信号が機能しなくなっていて なかなか 右折ができず 45号に出れ無くて ヤキモキしている所に 逆車線側の歩道を
、同じ店では、ないのですが 一つ屋根の下 仲間店で 働いてる人が 全く緊迫感の無い感じで 歩いているのを 見つけました。
普段は、挨拶程度・・
お互い 顔は、長年あわせていたので 勿論わかっているけど 世間話を したり・・という親しい間柄では、ありませんでした。
30半ば位の 男性で、おいしい海鮮物を 食べさせるお店の人です。
とっさに 私は、向こう側の歩道でしたが その人に大声で 『うちの店の人達は、どうしてるみたいですか
』『避難した様ですか
』と 叫んで聞きました・・
元々、物静かなタイプな その人は、 ちょっと困惑した感じで 首を 少し傾げながら
・・・・(゚_゚・・
「多分、みんな避難したと思うよ・・」
「本当
本当に
」焦ってた 私は、詰め寄るような ちょっと、ヒステリックな口調で 言ってしまいました。
「・・
従業員の
の車、全部一斉に出たの 見たから・・ もぅ 誰も居ないはずだよ。 戻らない方が いいんじゃないかなぁ~~・・」
と・・ その人は、ゆっくりとした 口調で言った。
「そうですか!じゃあ 私も戻りますね
ここから家に帰りますから
」
その会話の辺りには、後ろを振り向くと対向車線は、一杯〃・・ 渋滞になってました。
タイミングよく 一台割り込めるスペースが 開いたので そこへ 無理矢理Uターンして入り込み その人に 又 窓を下げて 「ありがとうございました」m(__)mと 叫んで 私は、車で・・
その人は、徒歩で・・
それぞれの 向かう所へ・・
その後 私は、渋滞に 焦りを 感じながら
そのまま 家に突き進めばいいものを・・
もぅ 一箇所 寄り道を しようと するのです・・
私が とても危険区域にあった職場に戻ることなく 難を 逃れる事ができたのは その男性に、たまたま会って 職場のみんなの状況を 知る事が できたから・・です。
でも その男性とは、その時の会話が 最後になってしまいました・・
あの時 あなたに会ってなかったら 私も 命がなかったよー
本当にありがとうございました
(T_T)と 再会できたら 開口一番に言おうと 思っていたのに・・
あん時 私・焦ってたから・・
あんな 言い方してしまって ごめんねー
と・・ 言おうと思ってたのに・・
お礼も お詫びも 伝えられない・・
届かない・・
二度と 逢えなくなってしまいました・・

またもや余震が 続いてますね・・
何だか 嫌な予感。
雨も ドシャ降り状態で一日降っていて・・ こんな時に大きいの来て また避難したりしなきゃいけなくなったら どうしよう・・
又 停電になったら・・
最近 すっかりビビリ野郎になってしまって(T_T)自分でも どうしちゃったの
という 感じです。一番 告白したかった事なのに、 触れたくない部分でもあって 今まで自分の中だけで 想い続けていました・・
震災の時、私は、本来の自分の職場から、 仕事で 自分の自宅のすぐ近くの 高台の建物に居まして・・そこで あの地震にあいました。(その日の そこへ行くまで・・は、ブログの最初の方にあります)
今 思い出しても とにかく長かった

と いう事と 一緒に手を取り合って 身を 寄せ合った方の手の感触とか 次の瞬間 どうなるんだろう

という ギリギリの所の恐怖感みたいなものは、よく思い出せるのですが・・『揺れ』に関しては、今までに経験した事がない揺れ方で、あまりに 怖かったんだと思います。
この位の揺れだったなぁー・・と 体の感覚で思い出す事ができません
まさか あの後、あんなすごい津波が 来るなんて 誰もが思ってなかっただろうし、 もちろん 私も 思ってもいませんでした。
私の 職場の場所を 知っている そこの人に、職場に もどっちゃダメだよ

と強く念を 押されましたが、私は、すぐ 車に飛び乗り まずは、自宅に フッ飛んで行って 車から降りないまま そこにいる家族(幸、その日は、長男と私以外は、みんな家にいたのです)に怪我がないか?だけを 確認して
旦那に 「お店に戻るから
子供ら頼むね
」とだけ言って 猛スピードで 職場へ向かいました。わたしの職場は、本当にすぐ裏が 高田松原
なので普段、津波が 来たら私ら多分 死ぬなっ

そんな 会話は、常でした。
津波は、来ないと思ってたけど なんか とにかく怖いから 上の指示を 待ってなんていないで 避難だけでも すぐさせなきゃ
という 思いでした。夢中で 車を 飛ばしていたので 対向車線(海から遠ざかる方)が 渋滞し始めていた事は、覚えています。
停電で、 信号が機能しなくなっていて なかなか 右折ができず 45号に出れ無くて ヤキモキしている所に 逆車線側の歩道を
、同じ店では、ないのですが 一つ屋根の下 仲間店で 働いてる人が 全く緊迫感の無い感じで 歩いているのを 見つけました。
普段は、挨拶程度・・
お互い 顔は、長年あわせていたので 勿論わかっているけど 世間話を したり・・という親しい間柄では、ありませんでした。
30半ば位の 男性で、おいしい海鮮物を 食べさせるお店の人です。
とっさに 私は、向こう側の歩道でしたが その人に大声で 『うちの店の人達は、どうしてるみたいですか

』『避難した様ですか
』と 叫んで聞きました・・元々、物静かなタイプな その人は、 ちょっと困惑した感じで 首を 少し傾げながら
・・・・(゚_゚・・
「多分、みんな避難したと思うよ・・」
「本当
本当に
」焦ってた 私は、詰め寄るような ちょっと、ヒステリックな口調で 言ってしまいました。「・・
従業員の
の車、全部一斉に出たの 見たから・・ もぅ 誰も居ないはずだよ。 戻らない方が いいんじゃないかなぁ~~・・」と・・ その人は、ゆっくりとした 口調で言った。
「そうですか!じゃあ 私も戻りますね
ここから家に帰りますから
」その会話の辺りには、後ろを振り向くと対向車線は、一杯〃・・ 渋滞になってました。
タイミングよく 一台割り込めるスペースが 開いたので そこへ 無理矢理Uターンして入り込み その人に 又 窓を下げて 「ありがとうございました」m(__)mと 叫んで 私は、車で・・
その人は、徒歩で・・
それぞれの 向かう所へ・・
その後 私は、渋滞に 焦りを 感じながら
そのまま 家に突き進めばいいものを・・
もぅ 一箇所 寄り道を しようと するのです・・
私が とても危険区域にあった職場に戻ることなく 難を 逃れる事ができたのは その男性に、たまたま会って 職場のみんなの状況を 知る事が できたから・・です。
でも その男性とは、その時の会話が 最後になってしまいました・・
あの時 あなたに会ってなかったら 私も 命がなかったよー
本当にありがとうございました
(T_T)と 再会できたら 開口一番に言おうと 思っていたのに・・あん時 私・焦ってたから・・
あんな 言い方してしまって ごめんねー
と・・ 言おうと思ってたのに・・
お礼も お詫びも 伝えられない・・
届かない・・
二度と 逢えなくなってしまいました・・
南 果歩 夫妻に
と 何だか 体に 元気と勇気がわいてきたのだが・・
くらり

と 

行きません・・」とは、言ったが・・ 「フン

ソワソワ気分で 足取りも軽やかに・・
人のかたまりが 謙さんが移動するのと 同時に一緒に移動するから見えない


うれしい気分になりました。
がんばるぞ!