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今日も子供まかせで♪ぐうたら幼児教育

ぐうたらママが考える、幼児教育。
「かわいい子には旅をさせろ」ということで、なんでも自分でやってごらん♪と親がラクできる幼児教育を目指してます(^_^;)

先日のお遊戯会がらみの話。

本番前の総練習の日の帰り道、次女が「薔薇のフラメンコ」を踊るときに口紅をつけることを教えてくれた口紅 それを聞いた三女、



「さんじょも、くちべ、つけた~~~キスマーク音譜





くちべ?





真相は口紅じゃなくてリップクリームを先生が塗ってくれたらしいんだけど、それはさておき、くちべ、じゃなくて、くちべにでしょ。と、何度も教えても、三女は頑固に毎回「くちべ」と言う。

そういえば、次女も3~4歳のときは「くちべ」って言ってたなあ。ああ、長女もたしかそうだった。

なんて思っていたら、保育園の先生が連絡帳に、「みんななぜか”くちべ”って言います」と書いていた。


そうか。みんな「くちべ」なんだ。





そんな話でふと思い出したのが、次女が年中さんの時の話。


半袖のことを、「はんそ」と言っていて、何度教えてもなかなか治らなかった。そんな話をやっぱり連絡帳に書いたら、担任の先生がやっぱり「みんな言います」

それを思い出して、連絡帳をひっくり返してみたら、先生が「助詞がとれちゃう」というようなことを書いていた。




つまり、


はんそで、は、「で」を助詞だと思ってしまって、「はんそ」


くちべに、は、「に」が助詞だと思ってしまって、「くちべ」



逆パターンとして先生と「あるある!」と盛り上がったのが、


「か」(蚊)


蚊のことを、「かが」という子が多いのだ。


「か」だけが名詞なんだけど、「蚊がいる」とかの会話から「かが」が、名詞なのだと勘違いしてしまうのだ。






子供が言葉を覚えるのに、もちろん名詞や助詞なんて知らない。

だけど、なぜかどの子も自然に覚える。「で」や「に」や「が」が、助詞であること。


なんでだろう。






それは、やっぱり、ひたすら経験の積み重ねなんだろう。

子供は、「事実」から「法則」を推測することの天才だ。

誰もが赤ちゃんの時からまわりで語られる「言葉」という「事実」を分析し、その結果法則を発見し、そして使ってみる。もちろん言葉だけじゃなくて、身の回りで起こっているすべてが「事実」としてインプットされていくのだ。その結果としての、法則。


「はんそで」の、「で」、「くちべに」の「に」、ともに、助詞でない「で」「に」で終わる名詞は数少ない。

だから、3~4歳ごろに初めてインプットされると、それまでの法則からいって「で」や「に」は名詞の音ではなくて助詞だろうと思いこむ。

「か」は、それまで1音の名詞はあまり知らないことが原因か。1音だけが名詞だとは判断されずに、助詞までひっくるめて名詞なのだと判断される。




だからか。

と、気づいた。



だから。


語りかけ育児が有効なのだ。

おとなに話しかけられ、事実というソースをたくさん蓄積すればするほど、そこから判断した結果としての「発語」が早い段階からみられるようになる。

語りかけ育児は、より正確な事実をインプットする機会を増やす行為なんだ。



だから、


絵本の読み聞かせが有効なのだ。

絵と、それに対応した言葉、文字。おとなの口から、語られる口調までもひっくるめての、事実。そこから判断されることは、「文字」とそれに対応した「言葉」、「イメージ」。実生活だけでは経験できない部分も補える。

読み聞かせは、文字と言葉をつなげる事実をより多く子供に与えることになる。

この経験が少ないと、文字に興味を示すことも遅れるだろう。








どういう状態のときに、どんな言葉が発せられているのか。そのソースがすべてであるから、赤ちゃんにとっての「事実」はいつでも正しくなければならない。間違った事実、毎回違う事実は、混乱のもとになる。

親は、責任重大なのだ。

混乱は、発達の遅れを招くかもしれないから。


しつけも、同じだ。

寝る時間がまちまちで、毎日違う子と、「9時だから寝ましょう」と、毎日いわれる子。

歯磨きもしたりしなかったり、嫌がればやらなくて済む子。済まない子。

お店でだだをこねればお菓子やおもちゃを買ってもらえる子、絶対にない子。

トイレに行かないでおしっこしてもおむつをしているから大丈夫な子と、もれて気持ち悪い子。


親のブレは、子供の混乱の大元、すべてだ。






そう考えての、幼児英語。


混乱の元なんじゃないか?

たしかに、子供が事実を吸収する力はスゴイ。

これを多国語獲得に使うことは、有効・・・のような気がする。

日本語を覚える勢いで、その判断力を使って覚えさせれば・・・という説は、分からなくもない。なんとなくいいような気もしてしまう。


だけど。

ちょっとまって。




言葉を覚えるにはその言葉が使われた状況すべてをひっくるめての事実を蓄積していく必要がある。蓄積は、多ければ多いほどいい。(語彙数が多いということではない、同じ言葉が発せられた事実が多ければ多いほど、その言葉に対する理解は深まる、という意味)


日本語だけならばともかく、これに英語が加われば単純に考えても各言語の蓄積は半分に落ちるのだ。

たかが、一日の数時間?

たったそれだけの時間で英語が認識できる?

じゃあ、一日の半分は、英語で。

そしたら、日本語の蓄積は半分でいいの?


この状況が何年も続けば、どうなるか???








親の責任は、果てしなく重い。













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