団塊の世代以前の男たちには女を極端に聖母化する習性があり、
女タチもまた、その幻想に付き合わなくてはいけなかった
『世間に理解されない僕を君だけは理解して受け入れて…』
そんな『ナウシカ』を求める男に
『私がいなきゃダメなのね』と
錯覚した自己イメージを作り
男たちの願望に形成された
『理想の女(謙虚な女性、家庭的女性)』
として負担がかかっては破綻する。
『ナウシカ』ではなく
『エブァンゲリオン』の『暗黒の地母神(自立した女性)』
が生来の女性なのだ。
我慢してきた女性は
自分を受け入れてくれる
男性に対して
喜びと警戒心のアンビバレンツに葛藤する。
本当は男が凄いも女が凄いも何もなくて
『ただ男女の役割があるだけで比べるものなんか何でもないわ』
『お互い許しあい、尊重しあえる時期はいつくるのかしら…?』
女の美徳はいい加減
主張せざるを得なくなってきた
『謙譲の美徳』とは
『強化』という改善に目をそらし、『弱い』という改善できない
『自分の世界』にひたった
『自分に酔う』という
『感情論』だったのではないか?