今年もこの季節がやってきた。

私の一番好きな季節。

そのはずなのに、なんだか感度が鈍くなってしまって前みたいに胸がきゅうっとならない。



私はこのまま鈍化していったまま、戻ってくることがないのだろうか。



年齢を重ねただけが原因とは言えない。


これが大人になるっていうことなのか。



感受性をどんどんすり減らして、平らにならしていくことが適応するっていうことならば、私はそんなのはいやだ。







私は今でもモラトリアムの渦中にいるのではないのだろうか。





私のアイデンティティはいつ確立されるのだろうか?



ふと、そう思った。


 




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Travisのライブに行ってきた。



この人たちがいて、この音楽を奏でてくれるのならば、世界って生きるに値する、すばらしいものなんだっていうことを再認識した。



本当にすばらしい空間、時間だったので言葉にできない。







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ケータイを職場に忘れたことを、急行電車に乗った所で気付いた。


今日は仕事で疲れていたが、仕方がないので戻った。


夜の上り電車はがらがらで、ケータイもないから手持ち無沙汰な私は読みかけの文庫本を読みだした。



この本は何週間も前からバッグに入れたまま、読む気が起きなかったものだった。



空いている電車でそれを読むと不思議と疲れがとれた気がした。



この本を読ませるためにケータイを忘れてしまったのだと、私は思った。










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いつもそうだけど、おかしな時間に寝てしまうと目覚めた後にとても暗くてやりきれない気持ちになる。



今日は若さについて何度か考えた。

若いときの感受性はどんどんすり減っていく。

こわい、そう思う。








春だから気持ちが揺らいでいるのか。



春はいつも私をひどく不安定にさせる。
穏やかに、ゆるやかに暖かくなっていく気候と、私の中の暗澹さのギャップが広がりすぎて、よけいに不安定になってしまうのだ。

目に見える景色と、心の中の情景が違いすぎるから揺らぐのだ。





それでもだんだん春は悪くないと思うようになってきた。


認めたくないだけだったとも、最近気付いた。






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