こんにちは。いづみです。
いつもブログを読んでくださり
ありがとうございます。
この一年ほどの間に我が家におこったこと。
★息子が○にたい、○にたいくらい苦しいと言う
★ほっとけない私は旦那に話した
そしたら旦那は息子と「縁を切りたい」という
★あまりの言葉に
信じられない…と一瞬ひるんだものの
あー、そう、と妙に納得。
(ここには私なりの解釈がありますが
申し訳ありませんが個人的なことなので
伏せます)
そして旦那は息子と距離を取りたすぎて
引くけど
私は私で息子のことに
肩入れしすぎで
それも引くという
私たち、方向は違うだけで同じことしてると
感じる。
二人ともバランスが悪いのでは。
★私
とにもかくにも
今日生きるが大事
仕事も友達も未来も
生きてる先にあるのだから
それがないからとここで
絶望して○んでしまっては
なんもおこらない。
今日、ご飯食べてる。
欲を言えばご飯を食べて笑ってる。
そのことを大事にしようと決める。
★その後も、息子
しにたい、しにたい…
★息子
父親が憎い
あいつを○すか
あいつの前で自○するか
してやりたい
★私
そうかー
あまり肩入れせず
同情せず
そうかと聞くよう心がける
(そうしているうちに
私の中にもいろんな変化がおこる)
★息子
どん底が見えない
どん底に落ちれたらどんなにいいか
★私
おー
それならどん底に落としてやればいいのか
息子はそこから
ぜっったいに這い上がれる
私はそれを知っている
ほらこいよ、這い上がってこいよ、
お前ならできる、メラメラ
(あくまでも心の中で思ってることです)
★今
息子の心の中を全部把握してるわけではないけど
なぜかあんまり心配していない
私の心も落ち着いてる
目標のご飯食べて笑ってることを大切にして
私はご機嫌でいることをしている。
こんなふうでした。
ざっくりしすぎてますが
そして現実には
何度も涙したり
いろんな思いはめぐりはしてます
そうなんだけど、
息子がしんどいーーって
訴えるたび
私は軽く軽くなってきてます。
おそらく、
悩む場所が変わったのです
悩む空間が変わりました。
いわば、大丈夫の空間に
入ってしまった。
例えば心配の空間があるとして
○たい、○す、憎い、などの言葉を聞いた
私はそれを真正面から受けとめ心を痛め
自分を責め
旦那を責め
どこかに問題を探して見つけ
そこをなんとかしようともがく…
それはとても狭く苦しく
先が見えない。
わからない。
それに対して
大丈夫の空間とは
息子が話す言葉は同じだけど
それは
出せば出すほど楽になるから
どんどん出したらよくて
言葉を言葉として聞くのではなく
話して楽になる現象を見ている。
同時に息子のここまでのことを知ってる私は
息子にはそれを乗り越える力があると
深く確信を持っている。
大丈夫の空間からは
何がおこるかはわからない未来は
希望と見える。
だから不思議と
大丈夫なんです。
大丈夫に向かい
大丈夫が帰ってきます。
なにがあるかはわからない。
この現実の中
未来が不安で覆われているか
希望が感じられるか
ここでのそのほんの少しの違いは
その先で本当に大きな違いになる。
それは見えてくるよね、ほらもう、見えてる。
大丈夫な空間…
自分で書いてから
それはなんじゃろ…と
思いつつ
ひとつ思うのは
そんな空間があると信じて
その空間に行きたいと願い
日々をこつこつ暮らしてきたんだなぁと
言う事です。
何事もおこらない現実を願ったのでは
なかったのです。
✨
✨
今日は、本当は
お話会を開催するので
そのご案内をさせていただこうと
ブログを描き始めたのに
全くちがうことを書いてしまいました![]()
お話会のこと、後ほどUPしますので
またよろしくお願いします🤲