人のことは大事にするのに
自分を蔑ろにしがちだった私
他人軸で
とっても生きづらかった私が
自分軸になることで
ちょっと生きづらい私に
なったような気がする今日この頃
拗らせ過ぎて
厄介な私が
自分自身と折り合いをつけられるようになるまでの
今だから語れるお話
すごく生きづらかった頃の私は
人の顔色伺って
人に嫌われないように
人にとって都合のいい人演じて
とにかく
人に振り回される日々を過ごしていました
そして
私がこんなに生きづらいのは
私を理解してくれない親のせい
私を理不尽に傷付けて虐めていたアイツらのせい
私を受け容れてくれない社会のせい
なんて
あれこれのせいにしたりして
それでもしんどいから
自分が劣っているから
人に認められるような人では無いから
こんなにも生きづらいんだと
自分自身を責めて嫌って
不足を補う努力
かなりしんどい苦行を自分に課して
自分どんだけドMなの?!と
今になっては呆れるような
自縄自縛の日々
そんなことを頑張っていても
根本的な私の生きづらさは一向に減らず
先の見えない頑張りに疲労困憊して
自分は社会不適合者だと
余計に自身を責めて
生きづらさを増幅させていました
私の生きづらさの責任所在地追求
自分でも呆れるぐらい
考えて
考えて
頑張ることにも
思考を巡らすことにも
ほとほと疲れ果てた
そんなある時に
ふと気付いたこと
そう言えば
私
思考を働かせることは得意なのに
自分がどう感じているかだとか
感覚的なものに対しては
鈍感になってしまっていた
(感じ過ぎて傷付くのを避けて
感覚に蓋をしてきたからなのかもしれないけれど)
相手に対してはどう感じているかを
敏感に感知するアンテナを張り巡らしているのに
自分の感覚に対してのアンテナは
メンテナンスもされていない状態で
放置してしまってた
自分
本当はどうしたかった?
何感じてた?
分からない
私は自分自身のこと
酷く蔑ろにしていたんじゃないか?
これは
生きづらいのも当り前
今まで
考えても
考えても
答えが出なかったのに
腑に落ちた
不思議と素直に
納得できたこと
自分の人生なのに
自分の生きづらさなのに
人のことにあれこれ振り回されて
自分ごととして
ちゃんと受け止めていなかった
自分ごととして
ちゃんと悩めていなかった
“人は人
自分は自分”
“あなたは本当はどう思っているの?”
今まで聞いてきた
投げかけられてきた
何気ない言葉が
スッと
私の心に染み込む感覚
人の機嫌に左右されがちなアンテナを
自分自身のご機嫌に向ける
人の考えと
自分の考えが
違うことは当り前
人に嫌われても
いい人じゃなくても
大丈夫
当事者意識を持つこと
自分ごととして
自分の生きづらさ
自分の困り感に
しっかり向き合う
他人事に構い過ぎずに
自分をよく構ってメンテナンスする
自分を大事に出来てこそ
人のことも
心から大事にできる
ちょっと生きづらい私の
考えることより
感じることに
ちょっと重きを置いてみた
今日の備忘録