「ガマの油」という映画 | 日プロ大賞プログ

「ガマの油」という映画

「ガマの油」は、日本を代表する俳優のひとりである役所広司さんが
初監督した作品です。

私は、何度か役所さんのインタビューをしたことがあり、
その縁から毎年、年賀状をいただきます。
いつも一筆いれてくれるところが役所さんらしい律儀さですが、
今年は「映画、撮りました…。見てください!」と万年筆で書かれていました。

正直なことを書きましょう。
役所さんが監督デビューすると聞いたとき、
「よせばいいのに…」と私は思ったものです。
俳優で監督に手を染め、しかも主演までするのは大変なリスクです。
もちろん、クリント・イーストウッドのような監督もいますが、
私が知っている役所さんは生真面目で、素朴で、
唯一の趣味は山小屋にこもることとか。
ヤマッ気やダークさをかけらも持っていない好人物に、
優れた映画が撮れるものでしょうか?

まったくの杞憂でした。
「ガマの油」は、ハリウッドでも活躍する名カメラマン栗田豊通さんの
冴えた映像にも支えられて、これまで見たこともないファンタジーとして仕上がっていました。
とても爽やかで、みずみずしい映画でした。
遊び心もたっぷりあって、役所さんが愛してやまない森の風景も登場(笑)、
見終えたあとで、「ありがとう!」と言いたくなる秀作でした。
役所さんの優しい魂に触れた気がしました。

以下に、私が「キネマ旬報」誌で行った益岡徹さんのインタビューを引用します。


兄よりも近い、唯一無二の存在です。

 益岡徹にとって役所広司は、無名塾での2年先輩にあたる。そして入塾したその夜からの飲み仲間であり、家族ぐるみの交流は現在も濃く続いている。ひと頃は、役所の紹介によって斜向いの家に益岡が住んでいた時期さえあったそうだ。「兄貴分みたいなものですか」と問うと、首を傾げながら答えてくれた。
「兄よりも近い、唯一無二の存在ですね」
 連日、早朝まで飲み明かしていた若き頃、役所がこんなエピソードを披露したことがあった。
「お父さんが亡くなられて役所さんが帰郷したとき、役柄の関係で金髪に染めていたそうなんです。当時はプロレスラーくらいしか金髪の男性はいない時代で、ご近所の方からも奇異に思われていたところ、仲代達矢さんからの花輪が届いて見る目が変わったと。そんな役所さんのお父さんへの深い思いも、この映画に込められている気がしました」
 益岡が演じる“ガマの油売り”は、物語のなかで時空を超えて現れる。そのイメージを映画監督・役所広司は、「あの世とこの世を行き来する天使」と語っているが、役所監督の演出ぶりを益岡はどう感じたのだろうか。
「ひとことでいえば、視野が広かった。勢いのエネルギーで演出する監督もいらっしゃいますが、常に冷静で客観的な役所監督は、僕が知っている若い頃そのままの姿でした。本読みでも、DVDで見た本職のガマの油売りのように軽妙な雰囲気で演じてみたら、『もっとえぐり出すように、粘りつく芝居でやって欲しい』とダメ出しされました。役柄の造形も、くっきり固まっていたのでしょうね」
 実際の撮影でも、慎重にテイクが重ねられた。
「ずいぶん繰り返して演じたけれど、完成した作品では台詞をトチっているカットがチョイスされていたりして、そこがまた面白かった。僕の出演場面を別にしても、死者に対する優しい思いが積み重なって、とても温かい味わいじゃないですか。これまでのどんな映画にも似ていない、心優しいファンタジーだと感じました」
 物語の核を担っているガマの油売りは、もしかしたら俳優としての役所が演じたかった役柄かもしれない。それを、自身の分身ともいえる益岡に託して演出したのではないか。
「そうだとしたら、二重にも三重にも嬉しいです。役所監督の2作目も、きっとあると僕は予想しています。 撮り続けて欲しいですね、それだけの才能の持ち主だから…」


「日プロ大賞」の開催から5日後にDVDも発売されますが、
この映画のダイナミックさは、映画館のスクリーンこそ相応しい。
魂のロードムービーとして、長く愛される作品となるでしょう。