家業のお店は、予約制に

なっています。


田舎で生活し、

自分たちの暮らしのペースも

大切にしていくとそう自然になります。


そばに住んでいる義理の母の

ご飯のお世話や見守りも

数年前から加わりました。






うちは、お客さまが

数回 ご来店されると

自分のことを何かしら話してくださいます。



話してもいいような空気が

あるのかもしれません。


話すと人って、エネルギーが

巡り出します。


人が、自分の何かしらのことを

話すときは、ひと時の開放の

ようなことも起こります。







一つ二つ、自分の思うことや

気になっていることを

話される。


別に相談されているわけでは

ないので、

「そうなのだ」と思って

聞かせてもらう。


その時だけの、秘密のような会話。

それで、終わり。





多くの人は、

自分の人生についての悩みも

実は深いところで答えを知っている。

のだと思います。


正しいとか、正しくないとかは

横に置き。


ダメだとわかっていても、

そうしたくなる。

それを選んでしまう。


それは行動の奥に

深く沈んでいる自分の何かが

そうさせる。


それは、ちっとも合理的でもなく

意味不明な時もあるかも

しれません。



自分でも、ヘンテコな選択を

したりすることは、多々。




今の自分を振りかえり、

今のようになりたくて

選択した結果なのだと思います。


こんなはずじゃなかった。

とは思いません。



因果応報。

原因と結果の法則。

目に見えるものはすべて写し鏡。








50代くらいから

幸せを感じて死ぬには?

と思う時がちょっとずつ

増えました。


年老いて、色んなことが

出来なくなって、

それでも

「自分の人生、まあまあ幸せだったじゃない」

と思えるような後半。



ある時

認知症気味の父に聞いてみました。

「お父さん、生きてきて良かったことは

 あった?」と。

ささやかな人生でも色んなことが

あったしね。



そうしたらボケているのか、

「自分の人生は、良かったことしかなかった」

と88歳で言うわけです。


小市民として、

生きてきた父が認知症とは言え

そう言える。


その分、母は苦労しかなかった。

というようなことをその横で言うのですが。


父には母がいたことで

幸せな晩年を迎えれているのだなぁ

と思います。



父はゴルフも麻雀も、車の運転も

出来なくなり、

年老いた自分のそばに

そう言う人がいてくれている。

と言うのが幸せだと

思う砦みたいなものなのでしょう。


いつまでも、人から注目を

浴びていたい。

と思うとややこしいことに

なるのでしょうけど。


そんな欲を捨て去っていくのが

幸せな死を迎えることかも

しれません。