遊びのような仕事をして生きる。

 

今日は、そんなお話し。

 

そうすれば、人生は豊かに感じられるのだろう

と思うのです。

 

「遊び」というのも

人によってとらえ方が違います。

 

挑戦することが、ゲームのような遊びの人もいるし。

 

モノをつくることが、黙々とやれるし喜びの人もいるし。

 

表現することが喜びの人もいるし。

 

 

それが、出来ないのは

「そんな遊びのようなことで食べていけないでしょう」

と言われたからとか、

 

世の中が、GDPばかりで国の繁栄をモノサシに

しているからかもしれない。

 

何にもしないことで、誰かに元気を与えている

人もいるかもしれない。

 

猫なんか、何にもしないけど、

自分の存在だけで可愛がってもらっているし。

 

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子どもの頃、働き者の母から

のろまな私は、怪訝な顔で見られていました。

 

それでも、私はそのペースが家で崩れることは

なかったのですね。

 

私が役に立つところは、別のことである。

 

例えば、決断すること。

責任をとること。

損をすること。

 

そんなところ。

何かを生み出すわけではない。

 

今は、両親の介護の費用とか

病院とのやりとりとか

そういうのを調べて、兄妹にも

連絡をしています。

 

ここだけは

おさえておいた方があとで

人間関係がトラブらないかもとか。

 

そういうのは、生産性はありませんけど

私には大きな疲労になることでも

ないようです。

 

それは、思考の遊びかもしれません。

想像する。

 

 

ですから、

「これが、今からの仕事です」

と言われても

心が枯れていくような働き方は

向いていないということにもなります。

 

若いころは向いていないことをやって

向いていることがわかる

というのがあります。

 

 

ところが、50代前後、その前くらいから

向いていないことをやり続けると

心身を壊します。

 

今は若い人でもそうでしょう。

 

遊びのように

ついやってしまう。

夢中になる。

そんなことが「遊びの仕事」の

ヒントかもしれません。

 

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人生も折り返しを過ぎたら

お金から考えずに

遊びのような仕事をしたほうが

心にも、体にも、人生にも良いと思います。