宮崎県中央に位置する神話の里・西都市にその森はあった。
一歩足を踏み入れると、太陽の光が筋となり、幾重にも重なる飫肥杉を照らしている。
平成22年8月9日、私たちは宮崎空港ビルの搭乗検査場に使用する百年杉を切りに来た。
・・・ふと思う。
「この森は何を見つめてきたのだろう」と。
現在この森を所有されている浦元孝義氏から、百年杉を譲り受けることになり、
100年前の物語を伺いながら、思いめぐらせてみる。
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今から100年前、この土地は三納村と呼ばれ、あたり一帯の西都地方は
良質の木材の産地として全国に名が知れていた。
それらの木々は、杉安で筏を組み、佐土原の福島港まで流して出荷されていたのです。
そこに住む、黒木正英さんは当時20歳。志高く、夢描く若者だった。
森を守っていたのは、正英さんのお父さん、黒木寅男さん。
百年前のある日、寅男さんは息子の正英さんを連れ、森にやってきた。
森の中の空き地を見つけ、そこに小さな穴を開け、一本の苗をそっと置いた。
息子の将来のために、まだ見ぬ孫や故郷の未来のために、その森に木を植えたのだ。
やがて、その山は正英さんが守ることとなり、緑豊かな飫肥杉の森となった。
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私たちは、その森に入ると お神酒を捧げ、深く頭を下げた。
百年もの歳月を受け入れてきた森と、その森を守ってきた先人の方々に敬意を表して。
百年杉は、静かな地響きをたて、ゆっくりと山に倒れた。
そして、平成22年11月9日、百年の時を超え、
たくさんの方々をお迎えするために、宮崎空港の木となった。
私たちは、この故郷を誇りに思い、とても大切に思う。
宮崎の自然や人々に、心から感謝申し上げます。



