双子を出産した夜に裏切られた私、大富豪の令嬢として覚醒する

 

命を削って双子を出産した夜、夫は一度も病室に顔を出さなかった。

私が陣痛に耐え血を流している間、彼は私の義妹である人気女優と銀座でグラスを傾けていたのだ。

孤児院から引き取られた私は、養家で無給の家政婦として扱われ、政略結婚させられた夫からは「お前はただの繋ぎだ」と冷酷に虐げられてきた。

痛む腹を抱えながらすがる思いで電話をかけると、夫はひどく面倒くさそうに言い放った。

「忙しいと言っているだろう。用がないなら切る」

ツーツーという無機質な着信拒否の音が響き、私の心は完全に死んだ。

なぜ私は誰からも愛されず、こんなにも惨めな扱いを受けなければならないのか。

もう誰かの駒にはならない。この子たちを守るため、絶対に離婚してやる。

しかし、絶望の淵にいた私に、病院の産婦人科部長が震える手でDNA鑑定書を差し出した。

「あなたは捨てられたんじゃない。私たちが20年間探し続けていた、九条家の娘なんだ」

私は孤児ではなく、日本屈指の超名門一族が探し求めていた本物の令嬢だった。

翌朝、私は最強の家族を後ろ盾に、私を嘲笑う夫が待つ市役所へと向かった。

 

👉読み始める

 

双子を出産した夜に裏切られた私、大富豪の令嬢として覚醒する 第1章 双子の誕生そして亀裂

 

下腹部を雑巾のように絞られる痛みに、静は浅い呼吸を繰り返していた。

分娩台から一般病棟のベッドへと移されてから、まだ一時間も経っていない。汗で濡れた前髪が額に張りつき、指先ひとつ動かすことすら億劫だった。

静まり返った病室には、規則正しい医療モニターの電子音だけが低く響いている。部屋の隅に置かれた二つの新生児用コット。その中で、生まれたばかりの小さな男の子と女の子が、かすかな寝息を立てていた。

「静さん、点滴を交換しますね。気分はどうですか?」

引き戸が静かに開き、助産師の中村恵美が入ってきた。手際よく輸液チューブを整えながら、恵美は静の青白い顔を覗き込み、いたわるように眉を下げる。

「赤ちゃん、ふたりともとっても元気ですよ。体重もしっかりあります。本当によく頑張りましたね」

「……ありがとうございます」

静はかすれた声で答え、精一杯の笑みを返した。

恵美の視線が、誰も座っていない丸椅子へと泳ぐ。花束もなければ、付き添いの家族が脱ぎ捨てた上着もない。夜間とはいえ、出産直後の病室にしてはあまりにも寒々としていた。

「ご主人には、もうご連絡されましたか?」

「はい。メッセージは……送ってあります。仕事が立て込んでいるみたいで」

「そうですか。何かあったら、遠慮なくナースコールを押してくださいね」

恵美はそれ以上追及せず、同情の滲む目を伏せて静かに部屋を出ていった。

扉が閉まると、再び静寂が重くのしかかる。

静は重い腕を持ち上げ、枕元に置かれたスマートフォンを手に取った。画面をタップする。だが、通知画面には何の表示もない。

時刻は深夜零時を回っていた。陣痛が始まって病院に駆け込んだ午前中から、夫である高橋陸からの返信は一度も届いていなかった。

やっぱり、来ないよね……

胸の奥に冷たい泥が溜まっていくような感覚。そのとき、手の中で端末が激しく震え、甲高い着信音が室内に響き渡った。

ディスプレイに浮かび上がった表示は「高橋陸」。

心臓が跳ね上がった。全身の痛みを忘れるほどの手の震えを抑えながら、静は急いで通話ボタンをスワイプした。

「もしもし、陸さん――――」

『あー、終わったのか?』

耳元に届いたのは、気怠げで苛立ちを含んだ男の声だった。受話器の向こうからは、耳をつんざくような重低音の音楽と、乾杯を交わす男女の嬌声が漏れ聞こえてくる。

「陸さん、あのね、無事に生まれたの。双子だったの。男の子と女の子で、すごく小さくて……」

『ああ、そう。分かった』

陸は静の言葉を途中で遮った。何の感慨もこもっていない、事務的な相槌だった。

『こっちは今、大事な接待の最中なんだよ。抜けられるわけないだろ。入院費とか退院の手続きは、明日以降に伊藤秘書を行かせるから、そっちで適当にやっといてくれ』

静は、指先が白くなるほど端末を握りしめた。喉の奥がカラカラに渇き、胸が締め付けられる。

「あの……顔だけでも見に来てくれない? あなたの子どもたちだよ」

電話の向こうで、小さく舌打ちする音が聞こえた。

『忙しいって言ってるだろ。くだらないことで何度も電話してくるな。切るぞ』

「陸さ――――」

プチッという無情な切断音の後、耳に残ったのはツーツーという無機質な電子音だけだった。

静は脱力し、スマートフォンがシーツの上に滑り落ちた。

カーテンの隙間から、遠く東京タワーの赤い光が見える。夜の街は眩しいほどに輝いているのに、この病室の闇だけが自分を呑み込もうとしていた。

痛む下腹部を抱え込み、静は枕に顔を押し当てた。声を出さずに泣く癖は、幼い頃からずっと染み付いている。どれだけ涙を流してもシーツが湿っていくだけで、誰も温もりを与えてはくれない。

どのくらいそうしていたのだろうか。廊下から、夜勤の看護師たちのひそひそ話が漏れ聞こえてきた。

「ねえ、さっき上がったネットニュース見た? 今川楓の熱愛スクープ」

「見た見た! 銀座の会員制バーから出てくるところ撮られたやつでしょ?」

「隣の男、顔にモザイクかかってたけど……あの体格と、腕にしてた特注のパテック・フィリップ。どう見てもタカハシ・コーポレーションの高橋陸社長よね」

静の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。

「えっ、でも高橋社長って既婚者じゃなかった? 確か奥さん、今夜うちの病院で出産したはずじゃ……」

「シーッ、声が大きい! 聞こえちゃうでしょ。……義理の妹と不倫とか、芸能界もセレブも怖いわね」

早足の靴音が遠ざかっていく。

看護師たちの言葉が、鋭い刃となって胸に突き刺さった。

今川楓。

静が引き取られた今川家で、蝶よ花よと育てられた実の娘。可憐な容姿で瞬く間にスターダムを駆け上がった人気女優であり、静にとっては義理の妹にあたる存在。

そして、陸がかつて「本当に愛しているのは楓だ」と言い放った相手。

――――大事な接待。

陸の言葉が嘘だったと、これ以上ないほど残酷な形で証明された。妻が陣痛にのたうち回り、命がけで血を流していたその同じ夜に、夫は妻の妹の腰を抱いて銀座を飲み歩いていたのだ。

全部……嘘だったんだ

胸の奥底で、何かが音を立てて砕け散った。

屈辱と悲痛が、胃の腑を焼き尽くす。静は唇を強く噛み締めた。生温かい血の味が口の中に広がる。

けれど、流れる涙を指の背で乱暴に拭い去ったとき、その瞳から弱々しさは消えていた。

コットの中で、小さな命がかすかに手足をバタつかせている。

守らなければならない。誰の愛情も注がれないこの冷酷な世界で、自分だけはこの子たちを守り抜く。

静は暗闇の中で、静かに、そして鋭く決意を固めた。

 

双子を出産した夜に裏切られた私、大富豪の令嬢として覚醒する 第2章 塵封された過去と叔父の戦慄

 

東の空が白み始めるまで、静は一睡もできなかった。

ベッドの背もたれを起こし、朝の光に照らされる双子の寝顔を見つめる。昨日までの自分なら、裏切られた悲しみにただ打ちひしがれていただろう。しかし今は、氷のように冷たい思考が頭の中を満たしていた。

今川家で過ごした二十年の歳月が、走馬灯のように脳裏をかすめる。

孤児院から引き取られたとき、養父母は「慈悲で拾ってやったのだ」と繰り返し静に刷り込んだ。広大な屋敷の中で与えられたのは、日当たりの悪い使用人部屋のような一室。日々の家事を押しつけられ、家族旅行に連れて行かれた記憶もない。

実の娘である今川楓は、常にスポットライトの中心にいた。

「お姉ちゃん、これ似合わないからあげるね」

そう言って押しつけられたのは、いつも楓が着古した服や壊れかけの玩具だった。天使のような微笑みの裏で、静が大切にしていたノートを破り、気に入った持ち物を奪い去っていった義妹。

そして一年前、今川家の事業が行き詰まりかけたとき、養父の今川正雄は冷酷に言い放った。

「これまで育ててやった恩を返す時が来た。高橋グループの若社長に嫁げ」

断る権利など、最初からなかった。しかし嫁いだ先で待っていたのもまた、冷え切った寝室と夫の侮蔑だけだった。

『お前のような地味な女、誰が好き好んで抱くか。俺の妻という肩書きだけを全うしろ。いずれ楓と一緒になる』

結婚初夜に告げられた冷酷な言葉。妊娠は、泥酔した陸に無理やり求められた一度きりの過ちによるものだった。

「もう……終わりにする」

静は小さく呟いた。これ以上、あの男たちに自分の人生を搾取されてたまるものか。離婚して、この子たちと三人で生きていく。

同じ時刻。東都大学病院の最上階にある産科部長室。

九条康介は、淹れたてのコーヒーに口をつけながら、前夜の出産台帳の電子カルテを確認していた。

画面をスクロールする指が、ある名前の前でピタリと止まる。

「高橋静……?」夫の欄には「高橋陸」、旧姓の欄には「今川」とある。「静」という名、そして今川家がかつて孤児を引き取ったという噂に、康介は微かな胸騒ぎを覚えた。

何気なくカルテの顔写真をクリックした瞬間、康介の呼吸が止まった。

マグカップが手から滑り落ち、デスクの上で鈍い音を立てて倒れる。熱い液体が重要書類を濡らし、白衣の裾を汚していったが、康介にはそれを拭う余裕すら残されていなかった。

画面に映る、入院手続きの際に撮影されたノーメイクの横顔。

疲労の色が濃いその顔立ち、切れ長の涼やかな目元、少しだけ上がった口角の形――――。

「姉さん……?」

康介の声がかすかに震えた。

九条という特徴を持つ、その美しい瞳……まるで、彼の実の姉である九条絢子が若い頃の姿そのものだった。

姉が愛娘に授けた名も、確か「静」だったはずだ。

心臓が早鐘を打つ。背筋を冷たい汗が伝い落ちた。

まさか、そんな奇跡があるはずがない。だが、もし万が一にでも――――

康介は震える手で内線の受話器を掴み取った。

「総務と検査室! 至急、部長室に来てくれ! 今すぐだ!」

一分と経たずに飛び込んできた助手の医師に、康介は鬼気迫る表情で矢継ぎ早に指示を飛ばした。

「一般病棟302号室に入院している高橋静という産婦、そして生まれた新生児のDNA検体を大至急採取しろ。新生児アレルギーのスクリーニング検査と偽って構わん。誰にも怪しまれるな」

「は、はい?! DNA鑑定ですか?」

「いいから早く行け! 最優先で解析に回すんだ。それから彼女の身元調査だ。今川家との養子関係、夫であるタカハシ・コーポレーションの高橋陸との婚姻関係、すべて洗い出せ!」

助手は血相を変えて部屋を飛び出していった。

康介は窓枠に両手を突き、荒い息を吐き出す。二十年以上、家族全員が胸に抱き続けてきた絶望の暗闇に、猛烈な勢いで光が差し込んでいた。

午前中、静の病室に助産師の恵美と看護師が訪れ、赤ちゃんの口腔粘膜を綿棒で軽く拭っていった。静が不審そうに見つめると、「規定のアレルギー検査です」と穏やかに説明され、それ以上疑うことはなかった。

午後には、産後の子宮復古状態を確認するという名目で、静自身の検体も採取された。

採取された検体は即座に院内の最先端遺伝子解析ラボへと持ち込まれ、極秘裏に照合が進められた。

そして、夕方五時。

康介のパソコンに、暗号化された解析完了の通知が届いた。

パスワードを入力する指が震え、何度もタイピングミスを繰り返す。ようやく開かれたPDFファイル。

スクロールした最下段、赤字で記された結語。

『検体A(高橋静)と検体B(九条家既存登録データ)の血縁関係該当率:99.999%』

「……っ!」

康介の喉から、声にならない嗚咽が漏れた。

デスクに両肘をつき、顔を覆う。指の隙間から、止めどなく涙が溢れ出た。

間違いない。生きていたのだ。

あの子が―――彼が最も愛している姪っ子は、すぐ下の病棟にいた。

 

双子を出産した夜に裏切られた私、大富豪の令嬢として覚醒する 第3章 家族のメッセージと控えめな守護

 

「落ち着け。俺が取り乱してどうする」

康介は白衣の袖で乱暴に涙を拭い、荒い呼吸を整えた。

机の上のスマートフォンを取り上げると、家族専用のLINEグループを開く。グループ名はシンプルに「九条家」。普段は各界で多忙を極める兄や両親が淡々と連絡を取り合うだけの、静かなトークルームだった。

康介は震える指で文字を打ち込んだ。

「【緊急】見つかった。姉さんの娘、静が生きていた。今、私の病院にいる」

送信ボタンを押した直後、画面が一瞬で激変した。

暁:「康介、正気か? 何の冗談だ」

絢子:「康介?! 本当なの?! 私の……静なの?! 嘘じゃないでしょうね?!」

宗一郎:「詳細を報告しろ。今すぐだ」

翔太:「うそだろ?! 静ちゃんが生きてる?! どこ?! 今すぐ行く!」

一瞬にして通知が数十件に跳ね上がり、スマートフォンのバイブレーションが机の上で暴れ回る。

康介はすぐに暁へ直接電話をかけた。

「おじさん、説明しろ。DNAは確認したのか?」

受話器の向こうから聞こえる暁の声は、弁護士らしく低く抑えられていたが、切迫した息遣いが漏れていた。

「ああ、99.999%の一致だ。間違いなく姉さんの娘だ。でも、もし今すぐ彼女に会いたいのであれば、急いで病院に来てください。」

「病院?なぜだ! 母さんは今にも過呼吸になりそうだぞ!」

「静は昨夜、双子を出産したばかりなんだ。身体も限界だし、精神的にも追い詰められている。それに……彼女の現在の夫は、高橋グループの高橋陸だ」

電話の向こうで、暁が息をのむ気配がした。

「静は今川家の養女として育てられ、道具のように政略結婚させられた。昨夜も夫は顔を出さず、今川楓との不倫現場を週刊誌に撮られている。そんな状態で九条家が押し寄せたら、彼女がパニックになる」

暁の口から、氷点下のような冷酷な声が漏れた。

「……高橋陸だな。覚えた。法務部総出で息の根を止めてやる。康介、お前がまず接触しろ。決して静を不安にさせるな。俺たちも東京へ向かう。今夜には全員揃う」

通話を切った康介は、深く息を吐き出した。

白衣を整え、手鏡で自分の表情を確認する。医者としての冷静な仮面を被らなければならない。だが、胸の奥で煮えたぎる怒りと愛しさは、簡単には隠せそうになかった。

「婦長、最上階のVIP特別室を今すぐ開けてくれ」

ナースステーションに立ち寄った康介は、事務長と婦長に短く命じた。

「フロア全体の面会を制限し、警備員を二名配置してくれ。特別室の費用はすべて私の個人口座から引き落とす」

婦長が目を丸くする。

「あそこは国賓や財界トップクラス専用のフロアですが……どなたを?」

「302号室の高橋静さんだ。それから中村助産師、君が専属でケアに入れ」

指示を終えた康介は、ゆっくりと302号室の前へと歩みを進めた。

扉のガラス小窓から中を覗き込む。

ベッドの上で、静は双子のコットに優しく手を伸ばしていた。その儚げな背中を見ているだけで、二十年間の苦難が痛いほど伝わってきて胸が締め付けられる。

康介は小さく咳払いをし、そっとドアをノックした。

「失礼します」

静が驚いたように顔を上げた。見慣れない立派な身なりの医師に、わずかに警戒の色を浮かべる。

「初めまして、高橋静さん。私は当院の産科部長を務めております、九条康介と申します」

「九条……?」

静は、その聞き慣れない、だが重厚な響きを持つ苗字に一瞬だけ目を見開いた。自身の旧姓でも夫の姓でもない、どこか運命的な響き。だが、すぐに「部長」という肩書きの重みに意識を戻した。

「産科部長……先生が、どうして私のような病室に?」

静の控えめで、どこか自分を卑下するような物言いに、康介の胸がチクリと痛んだ。

「カルテを拝見しました。双子の出産、本当にお疲れ様でした。大変な難産だったと聞いています」

康介はベッドサイドに歩み寄り、威圧感を与えないよう少し腰を落として静と視線の高さを合わせた。

「この一般病棟は面会の方も多く、少々騒がしいでしょう。静さんの産後の回復と、生まれたばかりのお子さんたちの安全を考慮して、最上階の特別療養室へ移動していただきたいと考えています」

「えっ……特別室ですか?」

静は困惑したように瞬きをした。

「あの、私、そんなお部屋の差額ベッド代なんて払えません。普通の部屋で十分ですので……」

「費用の心配は一切いりませんよ」

康介はできる限り穏やかな笑みを浮かべ、静の目を真っ直ぐに見つめた。

「病院側の研究プロトコルの一環として、無償で提供させていただく枠です。お子さんたちのためにも、静かに休める環境が必要です。……私の提案を受けてはいただけませんか?」

命令ではなく、懇願に近い柔らかな問いかけ。

静は戸惑いながらも、目の前の医師の瞳にある嘘偽りのない温かさに触れ、小さくうなずいた。

 

👉読み続ける