逮捕は有罪ではない-阿部監督報道に思うこと
阿部監督の逮捕報道を見て、強く感じることがあります。
逮捕された時点で、まるで有罪が確定したかのように扱われていないか、ということです。
逮捕は有罪判決ではありません。
逮捕は、捜査機関が身柄を確保し、逃亡や証拠隠滅を防ぐための手続きです。
刑罰ではありません。
有罪を決めるのは裁判です。
この基本が、あまりにも軽く扱われているように見えます。
もちろん、家庭内であっても暴力は許されません。
また、被害を訴えた人が児童相談所や警察に相談することを責めてはいけません。
そこは大前提です。
しかし、そのことと、逮捕された人を有罪確定のように扱うことは別です。
公的機関による介入と、社会的制裁は分けて考える必要があります。
逮捕された。
だから犯罪者だ。
だから職を失って当然だ。
だから社会的に終わって当然だ。
こういう空気は、人権意識としても、法意識としても危ういと思います。
特に問題なのは、逮捕報道が長く残ることです。
逮捕の記事は大きく出ます。
でも、その後の不起訴、判決、処分、執行猶予、家族関係の回復などは、同じ大きさで報じられないことが多い。
これでは、社会的には「逮捕=有罪」のように機能してしまいます。
執行猶予についても、期間を問題なく過ごせば、刑の言渡しの効力は失われます。
つまり、法制度は社会復帰を予定しています。
それなのに、ネット上では古い逮捕記事だけが残り続ける。
これはおかしい。
もちろん、報道記事をすべて自動的に削除すべきだ、と単純に言うつもりはありません。
報道の自由もあります。
記録の意味もあります。
ただし、後日の経過を追記すること。
見出しを修正すること。
検索上の配慮をすること。
必要に応じて削除や非表示を検討すること。
これは必要だと思います。
被害を訴えた人を責めてはいけない。
同時に、逮捕された人を裁判前に犯罪者扱いしてはいけない。
この二つは両立します。
逮捕なら有罪。
逮捕なら犯罪者。
そんな感覚は、レベルが低すぎます。
逮捕は有罪ではない。
その当たり前を、もう一度確認すべきだと思います。
おあとがよろしいようで。