こんにちは。ミチです。
ご無沙汰です。気が付けば12月。今年ははっきり言って、悪い年でした・・・。
実家に移住して1か月。やっぱり実家暮らしは嫌です・・・。
1人暮らしの期間は、広島と横浜の期間を含めると6年。8歳上の兄貴は4年。明らかに僕の方が多いです。
やっぱり1人暮らししてると、ありのままでいられる唯一の状態です。
近いうちに実家から物を全て持って、とっとと実家を出ようと思います。
さて今回はあと13年で死ぬかも知れない話です。
なぜ13年か?
それは13の倍数の歳に限って、悪い事しか起こらないからです。
世界のナベアツが3の倍数と3のつく数字でアホになってましたが笑。
振り返ってみると、13歳の年の2012年。
当時は中学1年生。案の定、勉強も部活も人より酷かったです。
勉強は最初の中間テストで親からガミガミ。得意教科が良い点でもガミガミ。
挙句の果てにはゲームや読書の趣味趣向にいちゃもんつけられたりされてました。それも両親、兄共に。ちなみに後から両親は、「そうだっけ?」と言ってましたが・・・・。
部活では、陸上部に入るも、運動神経も、才能もゼロで入った結果は、
1,2歳上の先輩からは、ダサいだの、無理だの、辞めろだの、侮辱されてばかりでした。
ちなみに当時の担任は、勉強できないなら部活辞めろという始末。部活辞めるにも、成績不振で辞めるは認めないと学校は言う始末。
もう滅茶苦茶でした。
そんな中、郡や、県の大会で出場する先輩を見ていて、情けないと思う中、
「新人戦で4×100のアンカーやらない?」
またとないチャンスです。この頃100mが15秒から14秒になっていたのもあり、顧問から遂に活躍の場の話があり、私は勿論すると答えました。
しかし、
練習が思うようにいかず、遂にはアンカーをクビにされました。
それ以降、私は家庭、学校でどんどん落ちていきました・・・。
そんな事があり、私は26歳で借金と家族による強制送還を経験するまでは、2012年は最悪の年だったと思います。
それが起こったことから、私は2038年。つまり39歳で死ぬんじゃないかと思いました。
借金や居場所がなくなる以上の不幸は、紛れもなく死ぬことです。
人生で思いっきり不幸になるのは3回あると思うので、最後の3回目は等々、死を迎えるのかも知れません。
だからその分、次の13年は悔いの残らない状態にして、己の理想を実現し、民に仁義を為すをモットーに人生を歩んでいこうと思います。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました!