「パパみたい、って言ったのは、そういう意味じゃないよ」
俺が「パパになるんだろ」って言ったあと、夏美は濡れた瞳を細めて笑った。
「功一といると、家族以上に安心感があった」
弱い声で、申し訳なさそうに夏美が言う。
「でも、それってただ甘えてるだけだったね」
夏美がそう言った言葉は、俺の中でも小さく響いた。
「お互いに、そうだったかも」
「功一は頼り甲斐があったよ」
ゆっくりと、2人の会話が交差していく。
「怖かった。自分がしてる事がわかってたから、怖くて、迷って。
頼るところ、間違えたね」
夏美はそう言うと、手で優しくお腹を撫でる。
「でも、日に日に。どうしても、誰にも言い出せなくなっていくのに。
このお腹の子が、愛しくて」
「そうだな」
「でも、どうして私ばっかり、って」
ごめんね、と。
俯いた夏美の身体が、小さく見えた。
「思い浮かんだのが、功一だけだったの。絶対、助けてくれる、って
自分勝手なこと、考えた。
でも、功一は本当に私のこと、助けてくれちゃうから……」
目が覚めたよ、と。
顔をあげた夏美の顔は、さっきまでの夏美の顔とは違った。
「巻き込んで、ごめんね」
何も、言えなかった。
軽はずみな同意は、どれもが安っぽくて、嘘になる。
「ごめんな、力になれなくて」
「充分」
覚悟はあった。
それは、確かだ。
「ね、功一」
「うん」
「……何でもない」
そのあと、夏美が何を言おうとしていたのかはわからない。
俺は夏美と一緒にマンションを出ると、
「こってり怒られてくる」
と、笑って手を振る夏美と別れた。
一緒に行こうか、と言葉が出そうになったけど、「またそうやって甘やかす。好きじゃないくせに」と、夏美が言った。
「でも、お互い様だったね」
いつしか、恋心を無くしていた。
はじめから、そんなものがあったのかさえ思い出せないほど、長い月日を過ごしてきた。
駅に向かって歩く背中が淋しくて振り返る。
夏美の姿はもうそこにはなくて、俺は地下鉄に乗り込んだ。
さっきまでの哀愁もすぐ何処かへ飛んで、
俺は田村の事を思い出していた。