前々回は「性とこころ」の学会に参加させてもらって感じたことを、それは元受刑者や依存症者、犯罪者は常に考えて生活する事が大切なのではないかと、考えていることを書きました。

そして、前回はブログをお休みしました。



本人次第で良い方向にも悪い方向にもいく



彼が変わろうと努力していることで、いい方向に向かいながら社会生活を更新中です。

(まもなく2年目になります。)



怒ったり、イライラした態度で私を振り回すことや自分の考えを無理にとおし、思い通りにしようとする強引なことも減りました。

そのため、時間をかけて話し合うことが増えてきました。



最初は嫌がっていた「座談会」には積極的に参加し始めています。



私が、約3年前の逮捕を最後に、彼との争いを極端に避けたり、彼の強い言い分を聞くだけの関係を断つために努力していることで、少しずつ変化しつつあります。



甘やかさない支援が彼を強くさせているだけではなく、私自身も強くさせてもらえていると感じています。



彼が、甘やかさない支援に耐えられていなかったらここまでこれませんでした。

私自身もブレない気持ちを持つ努力をしていることで、共依存の沼にはまらずにいると思っています。



時々顔を出す思考の歪み



私達はときどき、考え方のズレから喧嘩をしてしまいます。



彼はまだ素直に自分の気持ちを表現することが出来ず、勢いまかせで言ってはいけないことを言ってきます。



・俺がいなかったらうまくいくんでしょ?

・お前、何様?

・別れよう、幸せになってください

・本当は俺のことなんて好きじゃないんでしょ?

・仕事辞めます



こんな感じで、イライラした時や寂しい時、理解してもらえない時に本心ではないことを平気で言ってきます。



気を引くために、ありとあらゆる感情が爆発します。



子育てについても「子供のいうことを聞かせるのは親の役目だ」「親のしつけが悪い」など、わざと悲しむことをいってきます。



私は内心、「お前の母さんの躾が悪いからあんたは刑務所に何回も行ったんだなっ。」と言い返しそうになります。(正直、腹は立ちますし、悲しい)



この思考の歪みこそが、再犯率を高めたり、依存症が再発したり、暴力にも発展したりするのだと考えています。



思考の歪みに本人が気づかないことで、周りにいる家族やパートナーが振り回されて疲れてしまう。

そして悪循環に陥り、負のループから抜け出せなくなることが多いと思います。



刑務所にいる時は、刑務所でのルールに従わなければいけないから聞き分けがよかったり、喧嘩も少ないかもしれない。

だけど社会で生活する上で必要な我慢や忍耐などは、社会でしか育てられないと思っています。



今までは刑務所と社会とで繋がっていた私達には、まだまだ理解しあえていないところが沢山あります。

わかったつもりではいても、実際にわかり合えるまでには2人の努力と時間が必要だと思います。



誰かの力を借りることが必要



受刑者や依存症者、その家族にありがちなのが身内でおさめようとすること。



他人に知られたくないから

恥ずかしいから

バカにされるから

わかってもらえないから



色んな理由から、隠し続けてどん底に落ちていくパターンが一般的ではないかと思います。



共依存に陥っている身内や夫婦、恋人同士だけで解決することは難しいです。

私は今回、彼と接する中で強くこの事を感じました。



何もかも自分達で解決するのではなく、冷静に一緒に考えてくれる「第三者の存在」が必要だと思います。



理由は、彼がやっと人の意見を聞き入れることが出来るようになってきたからです。(2年かかりました)



つまり、受刑者や依存症者がものすごく嫌がる第三者を入れるまでに成長しているのです。

社会にいなければ気づかなかったこと、出来なかったことを少しずつ経験しています。



何度も言いますが、自分達だけでは解決しようとしないで、きちんと知識や経験をもった人の力を借りて欲しいと待ち人さんや受刑者(元受刑者)の方に伝えたいです。