入院している母の容体は、
日に日に悪くなっている。
数日間、目を閉じたまま、呼吸も苦しそうで、そばにいても声をかけることしかできなかった。
「苦しいね」「ここにいるよ」
それしか言えなかった。
それが、少しずつ意識が戻り、話ができるようになり、ほんの少しだけどご飯も口にできた。
そのとき母が、ぽつりと言った。
「もう死ぬかと思った」
私は思わず
「“死ぬかと思った”って言えるなら、まだ死なないね」
なんて返したけれど、本当はわかっている。
母は今も、痛みや苦しさに必死で耐えているということを。
妹が担当医に、思い切って余命を聞いたらしい。
その話を聞いて、頭では「そういうものなのかもしれない」と思おうとするけれど、心が全然ついていかない。
本当に、そんなふうに決められるものなのだろうか。
もしそれが本当だとしたら、
その時間の中で、
私は何ができるのだろう。
子どもたちのこと。
家庭のこと。
仕事のこと。
そして、母の前では、できるだけ笑顔でいること。
それが母の幸せにつながるのなら、
そうありたいと思う。
今は、話せて、目も見えて、
ご飯も食べられる。
この「今」が、ただただ愛おしい。
でも同時に、これから母はどうなっていくのだろうという不安が、心の奥でずっと消えない。
正直、受け止めたくない。
目の当たりにしたくない。
できることなら、
時間が止まってほしい。
それでも、今日も母は生きている。
今日も声を聞ける。
今日も手を握れる。
余命が当たるかどうかなんて、
今はわからない。
ただ一つ言えるのは、
「今日」という一日は、確かにここにあるということ。
怖くても、逃げたくても、
私は今日を、母と一緒に生きていく。
それでいい。
今は、それでいい。
