自然哲学試論 (2017年改訂版) 序論 その2 | コリンヤーガーの哲学の別荘

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30年温めてきた哲学を世に問う、哲学と音楽と語学に関する勝手な独り言。

§2 自然哲学の区分と有機自然の対象

 

 自然については、生命であるか否かという大きな区分がある。そういう意味では存在するものは、「無機物」と「有機物」に区分されます。しかしながら§1において述べた「万有引力」であるとか、「光」と言うような物理学上の存在については、その作用は無機物、有機物のどちらにも作用するものです。よってこうした世界(宇宙)の法則に関しても一つの独立した区分として考える必要がある。

 ヘーゲルは、『自然哲学』の全3篇を、①「力学」、②「個体」、③「有機体論」と分けているが、この区分は、世界を区分する方法として的を得ていると考えられます。

 もちろん①において、「相対性理論」や「ビックバン」などが、②についての「素粒子論」などが、③についての「遺伝子」の発見というようなことに見られるように、19世紀初頭のヘーゲルの時代から200年を経た現代にあっては、科学的新事実の積み重ねが膨大になってきている、ヘーゲルの『自然哲学』の内容については評価できない部分もたくさん含んでいるます。しかし世界の区分自体が変わったわけではない。

 

 もう一つ重要なことは、自然の3つの区分は独立してそれぞれが存在しているのではないと言うことです。わたしたち人間も含めて、生命ある有機体の素材は、生命のないとされる無機物で構成されている。無機物には「生命」はないが、「運動」があり変化がある。万有引力であり、電子の交換であり、磁気に作用され、物質によって密度や融解点が違ったりというような、無機物固有の運動は、物の理(ことわり)としての物理や化学で表わされる性質としてあります。

 生命の個体は、この様な物質の運動と性質を上手く利用し、なおかつ自己複製能力を獲得した存在です。よって生命の素材ももともとは物質であると言うことです。

 

 そして、宇宙がはじまって1秒以内に、物質と反物質の打ち消しあいのバランスが崩れて、物質が全部消滅せず、非対称の世界がはじまり、素粒子が原子になり、原子が結びついて分子になり、多種類の分子が一つの個体としてまとまって物体となり、それが恒星や惑星を構成する、と言う過程において、生命の素材はすでに存在していた。つまり宇宙誕生とともに生命は「可能態」としてはすでにあったということなのです。

 しかし物質が生命を実現するには、少なくともこの太陽系の地球と言う環境で、原子と原子の組み合わせの分子が、自己複製能力を持つ「高分子」を実現しなければならなかった。仮に地球にしか生命が存在しないと仮定したら、物質の可能態としての生命が「現実態」として開花するのに、「ビックバン」から100億年かかったことになります。

 

 引用

 

 自然に惹かれるのは、自然のうちに精神の宿るのが予感されるからで、・・・・

 

『自然哲学』 ヘーゲル著 長谷川宏 訳  作品社  13頁

 

 ヘーゲルもまた無機物のたる物質の中から「精神」が生まれてくる「運動」を見ているのです。

 

 引用

 

 ほかの例もありますが、生命もそもそも物質であるということの意味を理解するのに次の簡単な事実がわりやすいと思います。

 私たちの体内には大量の細胞があり、新陳代謝のために細胞外体液を通して、栄養素を補給し、老廃物を肝臓や腎臓に送って排泄するようになっています。このとき、細胞膜の中に新たの栄養素を補給するには、それらの栄養素を細胞膜を傷つけずに細胞内に取り込む必要がある。

 このとき「浸透圧」という原理を利用しています。これは細胞膜の外部の体液の主成分をナトリウムにし、内部をカリウムにする。このことでナトリウムという物質がカリウムより少しだけ圧力が強いという性質を利用しています。

 生命もそもそも物質であるということの意味は、「高等」とされる生物ほど、物質界の性質を複合的、多角的に再構成して「命」の長期的な維持を保す持るよう、気の遠きなるような学習の成果を遺伝子に保持しているということです。

 ちなみに私たちはナトリウムを塩から摂取しますが、塩は圧倒的に「肉、魚」に含まれ「野菜」にはほとんどありません。逆にカリウムは「肉、魚」から摂取することは困難で、「野菜、穀物」から摂取しているのです。だから「好き嫌いをせず、肉も野菜もバランスよく食べなさい」というのは人体の基本である新陳代謝に優れてふさわしい教えです。

 

(この件に関しては、

 自然と科学技術シリーズ『生命にとって塩とは何か』-土と食の塩過剰- 高橋英一著 社団法人農山漁村文化協会 1987年初版 に詳しく。興味のある方は一読をお勧めする。)

 

「ブログ コリンヤーガーの哲学の部屋からの転用3」2016.11.18 より

 

 生命の個体の機能は、物質に関係なく有機体としての自然のオリジナルではない。生命の機能と構造は、もともと無機物としてある物質の性質の精巧な組み合わせと応用にある。

 

 よって、自然哲学の3つの区分とは相互に関わりあうような内容となるのです。

 

つづく