成美堂出版さん (2005年版)
千葉は東京に近かった。
今の最新の話題は、チバニアンだろう。
・・千葉時代という意味をラテン語にした。
77万年~12万年前の時代でジュラ紀や白亜紀の名称に並ぶそうだ。
詳しい研究が待たれる。
私にとっての最大のロマンの千葉は房総の電車だった。内房線、外房線があり
半島をそれぞれ回ていた。どこかで合流しても良かった。当時はある同じところで
終点を迎えるのではなく、ダブッテいるところが少しあったと記憶している。
今のダイヤを見ると面白いだろう。というのはいっそ一周してもいいのだ、山の手線のように。
歴史的には東京湾アクアラインである。
今の人から見ると、観光気分で行ってこれるが、数十年前から考えると
素晴らしい道である。
昔から考えると夢の道である。例えばゴルフに行って、東京への帰り道は大体同じことを考えて、どこも大渋滞してしまっていた。東京レインボーブリッジも帰り道の選択に一役買っていた。
しかしアクアラインはもっと活躍しているはずだ。
架橋が無いのは大型貨物船やタンカーや客船対策だろうし、防災もしっかりしていると考えたい。
内房周りに行ってみよう。
東京デズニーランドがある。開業日は大変だった。混雑で大変だったが、確か交通関係者も協力してくれて、最終便を伸ばしてくれたと思う。賢明な判断、対策だった。
ゴルフの袖が浦を通る。ここは青木選手の関係と思う。シャンメーの言葉が浮かぶ。
木更津に出る。君去らずから来たという、木更津ロマンですね。
東京湾観音を見て進む。
館山は半島の先、南国情緒の豊かな所だ。
太平洋側に出る。
安房鴨川に出る。日蓮和尚を思い出す。
さらに、勝浦から御宿(おんじゅく)へでる。ここは小学校から臨海学校で来た。思い出の有る海
で、案外雰囲気で遠洋で長い距離を泳ぎ切ることが出来た。
そして
九十九里浜に出る。夕日の綺麗な浜辺、しかも長い。茨城まで行っていそうな海岸だ。
九十九里浜の歌があった。可愛いお嬢さんが歌っていた。あーあー九十久里浜・・・・
さらに浜を北へ行くと、銚子に出る。
犬吠埼の灯台からは、太平洋が素晴らしく見渡せた。
千葉は東京の別荘地だった。
2020.3.17