さて、恒例のテーマ京都の商法である。
京都人は、言うまでもなく、気位が高い。
しかし、あから様には、それを見せない。
また、決して、人を褒めない。
【まぁまぁどすなぁ~】 【ましやね】 【よろしおすな】
などは、代表的な言葉。
これは、京都語では褒めていない。
人間関係を
まろやかにするために、少しグレードを上げて ものを言うのが京都人。
つまり、自分よりも すごいと思っても、こんな風にしか
褒めない。
京都以外の人は、たぶん褒められたと錯覚するだろう。
気をつけてくださいね。
【まぁ~お見事】などは、滅多とでない。
言われると、裏がありそうで、気持ち悪い(^▽^;)
なぜ素直に 「やったね、すごいね」とか言う言葉が
使えないんだろうと不思議に思っていた。
しかし、京都人としては、これで十分に褒めている。
これで、いっぱい、いっぱいである(笑)
この気位の高さは、長年の歴史の賜物だと
思う。
よそさんは、京都好きで放っておいても、勝手に
来るから、余計に拍車を掛けている。
それから京都人は、未だに
「天皇陛下が御所に帰ってくる」と真面目に信じ込んでいる。
理由は、
「明治天皇さんが、必ず戻ってくると約束したから」
である。
あれだけの、皇居があってもそう思うか?
まだまだ、思考が、近代化できない京都である(暴笑)
下記の文章を紹介して、この章終わりたい。
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市田ひろみ著「ええ女の作法四十四の極意」より
三味線の会や踊りの会などでそのできばえが素晴らしかったとき、京都の人はにっこり笑って、「まあ、おみごと」。 この言葉は「感心しました」という相手への敬意がこめられた最高の賛辞なのです。
それよりは劣るけれど、やはりいいできばえのときは、「あぁ、よろしおすな」となります。 その下になると、「まあまあどすな」。 人から「まあまあどすな」と評されたら、関東の人は「自分は平均点かな」と思うようです。 「まあ、いいんじゃないの」と解釈するのでしょう。
しかし、京都で「まあまあどすな」と評されたら、それは平均点より劣るという意味です。 学校の成績の「優」「良」「可」「不可」の四段階評価にたとえたら、「まあまあどすな」はぎりぎり及第点の「可」。 つまり、「もっと勉強おしやす」という意味なのです。
さらに、その下は「もうひとつどすな」といいます。 これは四段階評価でいえば、赤点の「不可」ですから、もう一度しっかり勉強をやり直しなさいという意味です。 しかし、「あかん」というストレートな表現と比べたら、「もうひとつどすな」には励ますような優しい響きがあります。
京都の人は人を悪く言うときでも、ダイレクトにはいいません。 例えば、「私、あの人が嫌いやねん」といいたいときには、「私、あの人が好きやないねん」とやんわりいいます。 意味は同じですが、ニュアンスが違います。 感情をあらわにしないさりげない表現のほうが、大げさな表現より相手の信頼を得られ、効果があるのです。
さりげなくほめ、さりげなく伝える、相手の真意を察し合う京風のコミュニケーションは、大人のコミュニケーションでもあります。
大人になると、あまりストレートにものをいわないものです。 人は面と向かって厳しいことは言わなくなり、婉曲表現がふえていきます。 それは人間関係を円滑にするコツでもあるのです。 しかし、耳に優しい相手の言葉に甘えず、自分自身について反省を忘れないことは、大人のたしなみでもあるのです。