経済系のブログなので、 ワンタッチ。


今日、みずほ銀行の弊社担当のYさんと商談していた折、


こんな会話をした


Yさん 「政府が出す、指標や景況感って、ずれがありますよね。」

 

私   「そうですよ、なんか操作している感じとか、否めないですね。」aya


という会話。



昨日、 GDPの発表の日にもかなり改善されたようだったが、

株式市場の反応は、薄かった。


つまり、結局 アメリカ 中国の指標を信頼していて、日本の指標は

あてにならないというのが、 インベスター達の考えのようだ考え


みなさん、給与が増加しましたか?


どうなんでしょうね顔




いつも ポチ おおきに(^^)

人気ブログランキングへ

収益.com http://www.shuueki.com/top/index.php




NIKKEI NET

【家計、回復実感にはなお時間】


月の現金給与総額(従業員5人以上、速報)が前年同月比で20カ月ぶりに増えたが、家計の雇用・所得環境が一気に好転するとの見方は少ない。企業の間では雇用の過剰感がなお強く、人件費抑制の手を緩めるのは難しい。輸出や生産の改善にはこのところ一服感も出てきただけに、賃金や労働時間の先行きは不透明だ。

 2008年9月のリーマン・ショック以降、企業は雇用と賃金をいずれも抑制した。残業代は08年12月から09年夏まで、前年同月比で10~20%近く減少。残業時間も同様で、製造業では40%前後のマイナスが続いた。

 これらの反動が今回の統計改善につながった面は否定できない。金融危機の影響が一巡し、賃金や残業時間がようやく下げ止まってきた段階にすぎない。 (12:38)




    春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば

  やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで

    生き甲斐も感じられてきます

松下幸之助




生きがいとはなにか、苦しいことってなにか、 幸せとはなにか?


どうせ生きるなら、「プレッシャーも楽しんで生きよう」 という言葉だと解したい。


同じことをするなら、 「いやいやするより」 「はい、喜んで」とした方が


気持ちがよい。 周りも 自分も幸せにするクローバー


とてもいい波動が生まれる。



誰でもこんあ経験ないかな、

「彼氏彼女がほしい」

「名誉がほしい」

「好かれたい」

「お金がほしい」などと思えば、逃げてゆく


自らが成すべきことを 粛々と行い

外蓮味なく 無垢に ひたむきに 一生懸命に目標に向かった時

追いかけない方が、 後から、結果がついてきなかったかな?


その味は、格別だろう。


ない物ねだりをして、

苦しいと思うより、乗り越えることに 生きがいを感じて生きて、


目の前にある小さな幸せを 幸せと感じらる人生が結果的に


いいと松下さんは、言っているのだろう。



生きるなら、  今の境遇を 嘆き悲しむよりも

プレシャーも、笑顔で、楽しんで生きることを私は選びたいキラーン


今日は、ひな祭りぼんぼり・・・? 


そして、もうすぐ春桜**


本日も 頑張りましょうかお



いつもポチ おおきに(^^)

人気ブログランキングへ

収益.com http://www.shuueki.com/top/index.php





 


 











おさらい、


ブローカーとは、日本では 定義がなく、 和訳は 「仲介」とのことだった。


それで、日本独特の文化のブローカーの歴史から検証したいと思う。


その前に、ブローカーの生態を 毎回 1つづつ紹介したい。


ブローカーは、話を 10倍にするあせ


だから、ブローカーの話を聞くときは、話 10分の1で聞いている。


ちなみに、昔ながらの不動産屋さんの話は、半分で聞いてます(笑)


これ本当にこッ



たとえば、銀座や有楽町で、有名なビルがあるとするビル


「あのビル 俺が売ったんだよ」とか


「あの開発をやったんだよ」とか


ありもしないことを、言う習性があるようだえへっ


その都度、私は、 【どの辺で絡んだの?その仕事に・・・】 って

心の中で、軽く突っ込んでる(^_^メ)

たぶん、大きく見せたい 空元気を出すことにより、モチベーションを上げたいと、


夢見る少年少女状態に 陥っている方達だ(爆)


以上、ブローカーの生態の紹介。



さて、歴史から紐解いて ゆくと、


まず、江戸時代の【口入屋】から始まっているようだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


耳慣れない言葉であろう、口入れ屋はいわゆる人材斡旋業と 
いうか人材派遣会社といった方が判りやすいであろう。

しかし或者は人さらい人買いなどとも呼ばれ、大手を振って歩ける商売で

はなかったとの記述も存在する。


江戸初期から存在するこの口入れ屋は、

当初地方から江戸に流れて来た身分の不確かな者の保証人となり、

職場を斡旋、稼ぎの一部を身元保証料として徴収するのを

本職としていたのだが、


享保期頃からは、地方の百姓を騙し、

安い値段で娘を買い、吉原や岡場所(もぐりの売春宿)に預け、

その水揚げ料ほとんどをピンはねしていたごろつきなのである。

しかし、中には真面目に人材を発掘し武家や商家に斡旋してい
た口入れ屋も居た。


又、豪商の娘の嫁入り先を世話するなど、いわば便利屋的存在でも

あったのだが、

いつの世でもそれらの背後にはやくざがはびこり、


特に岡場所の権利関係からトラブルが続出、幕末には完全に

裏の商売と見られていた。        

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ということだ。


つまり、江戸時代から、幅広い商売に 一丁噛みして、

収入を得ていたとのことだビジネスバッグ


今も、不動産ブローカーだけではなく、

ブローカー自体が、 【口入屋】の歴史そのものだと

いうことかもしれない間取り図


この章では、私の意見はなく、単に紹介として、

最終章で、意見を述べたいと思ううへ


まだまだ歴史は続く・・・。 


また、書きますえんぴつ

いつもペタ おおきに(^^)

人気ブログランキングへ

収益.com http://www.shuueki.com/top/index.php