最後の1匹は
昔、工事現場で他の猫たち数匹と保護されたボンだった。
かつて20数匹いた猫たちが残り5匹になって
この頃にはすでにトラは心臓病、ミケはFIP、エスは腎臓病、シマは癌を患っていた。
ボンはもともと呼吸器の持病があったが、最後まで介護らしい介護は要せず
ただ、老猫にはよくあることのように目が見えなくなったことを除けば、(それでも住み慣れた場所であるから大きな不便はなく)
ゆっくりゆっくり暮らしていた。
やがて、ミケ、トラ、エスが旅立ち、シマと2匹になった。
シマは癌が広がり寝たきりになっていたが、ボンは最後までシマを温め守っていた。
旅立った者たちの骨さえも愛おしくて
はじめの頃は手元に残しておきたいと思っていたが
ある日、部屋の一角が骨壺だらけになっていることが異常な光景のように思えて
それを境に土に還すことにした。
それ以降は土に還すタイミングは特に決まっていなくて
骨になって数週間のこともあれば数か月のこともある。
ただ、最後の1匹だったボンはなかなかそのタイミングがやって来ずにいた。
ある冬の終わり、北の国に帰っていくユリカモメに託して
その翼にボンを乗せてもらおうと思った。
でもその時じゃなかった。
春が来て、庭に咲くアネモネの花弁が散っているのを見て
アネモネの名の由来 ”風” に寄せて
ボンを送り出そうと思った。
でもその時じゃなかった。
そのまま桜の季節がやって来て
猫部屋の窓の下の桜が咲いて、散ったとき
ボンも一緒に散るのが似つかわしいような気がした。
でもその時じゃなかった。
そして数か月後の初夏のある日
猫部屋の窓の下の桜の木に
小さなサクランボがたくさん実をつけているのを見つけた。
あ、今日ボンを土に還そう、突然そう思い立って
物置からスコップを取り出した。
ボンの身体を支えていた白いものは土に還り
粉々になった彼の分子のいくらかは空気中に舞っていった。
・
・
・
きっと、そのあと繰り広げられる命の輝きに確証を持てたから
やっと手放すことができたのかもしれないって
ちまさんは思ったそうだ。
って、これはオイラがここにやって来る
ずっと前のお話だけどにゃ。