さて、熱も下がったことだし明日から心機一転、頑張っていくために、心がけておくことを書いておく。

●仕事を溜めるな。
ちゃちゃっと、ぱぱっと!


●生徒第一。ラクするな
計画立案のとき、行事のとき、普段の授業のとき「子どものせいにする」教員になってはいけない。


●手は出すな。
いろんな意味で。
相手は子どもです。



●贈り物は禁止
依怙贔屓防止…公務員、だもんねぇ。


●定時帰宅は危険な罠

悪い事はたいてい夜中に起きるもので、早々に家に帰って風呂上がりビールなんか空けた瞬間に電話かかってきたりする。


●生徒と私用の連絡は避けよ

最近増えてる事例。勘違い野郎教員が生徒の個人携帯を把握していたために呼び出して襲ったりという不祥事。携帯がらみのイザコザって多い。
緊急用にのみ教える学校もあるみたいだが、緊急時なら警察や消防のほうがアテになる。

ていうか平均月一回以上とか不祥事起こしすぎ。



さて。嫌なとこもたくさんあるけど、(特に今は嫌な奴らが上にいるけど)いち国民として、私はこの国が好きだ。


●イデオロギーを教育に持ち込んじゃならねえ。

今年は、母校の隣の学校の校長先生が自殺して12年目。彼は、母校の家庭科の先生の旦那さんだった。


彼は何で死ななきゃいけなかった?
そう思ってこの十年調べてきた。
出来るだけ中立の立場を心がけて。
たくさんの汚い部分を見ながら。

彼はすりつぶされてしまったんだ。
対立したイデオロギーと政治的思惑によって荒廃させられた教育、上の態度の豹変、そして狂った団体の狭間に。


公立校の教育について考えてみよう。
一般的に公教育とは、国民教育である。

公教育に従事する者は、よい国民を育てなければならない。

かつて「愛国心教育」が取り沙汰されたが
わざわざ取り上げるまでもなく、国民は国を多かれ少なかれ愛しているものだ。

敢えて口には出さないだけだし、それが美徳である。

そういう国民を育てるのが公教育の仕事だ、と学習指導要領にもきちんと書いてある。

決して、国歌を歌わず国旗をないがしろにする逆賊を育てるのが仕事ではない。

そんな過激派テロリストの様な事がしたいなら今すぐ教員を辞めて隣の国へでも移り住んだらいいのだ。


あの国に行けば、日本人ってだけで石を投げたり殺しに来るような人間もウジャウジャ居るし、日本が嫌いな日本人が住むにはうってつけである。


特定の政治思想に染まった人間が例えば小学校の一クラスを担任していたとすると、どうだろうか。
相手は子どもだ。

子どもたちは無条件に教員を信頼し、言うことに従って、誉めて貰いたいと思う。

反発しても、生徒指導の名のもとに泣かして言論封殺出来てしまう。


広島県に異例の是正指導が入る前の平成10年当時、僕自身が狂った教育の被害者であった実例も挙げてみよう。

中学では幾分マシだったにせよ、今思えば小学校の担任は性根の腐ったクミアイババアだった。

職員室で平然とガリ版の機関紙を刷り、よく校長室から顔を真っ赤にして出てきたりしていた。

「この国には何の価値もない」と思い込まされていたのだ。とんだ偽善である。

「道徳」の時間は「人権」「同和」と時間割の教科名を変えられていたし、妙に在日朝鮮人・在日中国人のことばかり担任が授業で取り上げていたのも覚えている。

大平洋戦争を経て、日本という国が大平洋の国々の非戦闘員からどれほど感謝された国であるか、未開の国々にいかにして教育基盤やインフラを築いたか、そんな事は微塵も教えて貰えなかった。

ただひたすら日本は悪い国だ、これからも謝罪していかなきゃいけないんだと教えられた。道徳の教科書は取り上げられ、その代わりにガリ版印刷の薄い冊子を使ってバカの一つ覚えのような人権教育モドキ。その時だけ、担任は妙にイキイキしていたのを覚えている。

冗談じゃねえや。
親の罪が子に及ぶなんて封建時代の田舎者じゃあるまいし。


異論反論は潰された。
子どもがいかに正論を吐いても、担任は自分が正しいと信じて疑わず、反論する子どもを「教師に刃向かう不届き者」として無視したばかりか、反省文まで書かせた。
何か都合の悪いことはすべて子どものせいにして、自分は椅子にふんぞり返っていた。

とんでもない偏向教育が平然と行われていたものだと思う。
そんなババアだが校長の椅子に座ったらしい。反吐が出る。


自国を愛さない人は国際社会から見ても意味不明な存在だ。思想の違いはあれ、自分の祖国に対する帰属意識を育てるのは自然なことだというのが共通認識じゃあないか。

衣食住を持ち、十分な収入もありながら自分の暮らす自分の国が嫌い?
意味がわからない。嫌ならさっさと出て行ってくれ、という話だ。

で、今となってはこういう議論で負けるのが分かっている連中は早々に話題を変えたがる。

話題をすり替え、逃げる。どっかの政治屋みたいだ。

だから勝手なイデオロギーを持ち込んだらロクな事にならない。

僕は、そんな糞教員たちの様にだけはなりたくないと思って、教育を志した。

時折、自問自答しなければ、くじけそうになる。
いまだに
職場では、悪い意味で我の強い人たちがゴロゴロいて
「自分がラク出来る方へ」
「生徒のことを考えているフリができる方へ」

常に手招きしている。
僕ぁごめんだ。
ちゃんと考える。

そして、ちゃんと教える。
インフルエンザとはいえ3日も引きこもると、さすがに色々弊害が出てきたりする。

まず、話し方を忘れてる。

発音とか 語彙とか
そういう基本的なことを忘れてる。

言葉が思うように出てこないから、職場に電話すると何故かたどたどしい。

まだ少し熱があるけど、提出書類が溜まっちまうからパッパと仕上げちゃおう。

とりあえずデータ送ればいいんだから。

昨日までハァハァ言って苦しんでたが、ようやく熱引いたぜ。
まずは、このベッドから起き上がってやる。

相変わらず熱が引きません。


●「結局~」で話を始める
例「結局ねぇ、私はこの問題を起こしてるのは色んな要因があって、(中略)ていう人なんじゃないかって思うかなー」

結局と前置きしながら、結局になっていない。
散文的に感情を述べるタイプに多いようです。話がダラダラ長く、肝心の要点が掴みにくい上に、内容は自分のことばかりなので聞き手にとって不快になります。
類義語:要は、要するに(大概、要していません)


●「いや、だから」で相手の話の腰を折る

例:Aさん「そういう人結構居ますよね、自分が望んだ職場じゃないのかって」Bさん「いや、だから、自分が望んだ職場なのに鬱屈した感情をですね」

学者タイプや役人タイプの自分が正しいと思い込んで譲らない人に多い印象を受けます。
「いや、」で否定ありき、「だから」で勝手にまとめようとしますが、直前の話題と似たようなことを話すため要領を得ません。
口癖なのでまとまってません。
普段からこう言う人はよく話の腰を折りにくるのでやはり不快ですね。
類義語:いやーつまり、いやいやいやでもね?


●妙に早口
会話のキャッチボールが下手な人は多いです。
プリーズ、スピーク、スロウリイ。
単語やフレーズの発音がコマネズミのように、妙に素早い為に、なかなか相手に聞き取ってもらえないパターン。オタ系の人に多いかもしれません。
早口は自分に自信が無い様な印象を与えます。
あと説明下手な印象をも与えますので、ゆっくり喋って下さい。
類義:自分の得意分野のみ早口になる(気持ちの良いものではありません。)


●文頭に「まぁ」の多用

常に高い目線から物を見ている印象を与え、初めてのトピックさえありきたりな感覚にしてしまう「まぁ、~」。
そんな知ったかぶり夫君な人には面白みが無くなる筈。一部しか見ず一般化しようとする話し方の人によく見受けられるようです。

●悪い評価から話しだして、良い評価をしない

こんな口癖の人にスポーツ少年団のコーチなどして貰った日には最悪の夕食風景になること請け合いですね。
悪いところを指摘されれば、その分いいところを見つけるのが良き指導者でございます。批判だけでは、外野席でヤジを飛ばす飲んだくれのおっさんです。


以上、現役中学生150人から聞いた
「不快な口癖・直して欲しい話し方」トップ5でした。



へぇ、よく見てるよなぁ…