数年前、栃木県栃木市大平町にある「大中寺」を訪れた。大中寺には七不思議が伝わっていて、そのひとつとして「枕返しの間」が伝わっている。


「枕返し(まくらがえし)」とは、夜中に現れて枕を頭からはずす、または頭と足の向きを逆さにする妖怪、または現象のことをいう。

昔の人々は、夢を見ている間は魂が肉体から抜けている、と考えた。夢を見ている時に体を動かされると、魂が肉体に帰れない、と信じられていた。

枕は夢の世界と現実世界の境界と考えられ、枕を返されることは、肉体と魂が切り離されてしまう異常な事態と恐れられていた。

「枕返し」の話は全国に伝わっている。

大中寺の「枕返しの間」では、旅人がこの部屋に泊まり、本尊に足を向けて寝たところ、翌朝には頭が本尊の方に向いていたという。

同じく栃木県大田原市の大雄寺には、「枕返しの幽霊」と呼ばれる幽霊画の掛け軸が残っている。この掛け軸を掛けて眠ると、翌朝には枕の位置が変わっているという。

この掛け軸は、江戸時代中期の古抑園鷽居という絵師が描いたもので、病床の母の姿を描いたと伝わり、完成直後に母が亡くなり、その後、様々な怪異が起き、供養のために寺に納められた。

美濃国小金田村(現在の岐阜県関市)の白山寺には「枕翻の観音」が伝わっている。その堂にいるとなぜか眠くなるという。この時、枕が返る夢を見ると願いが叶うといわれている。

群馬県吾妻郡東吾妻町では、「枕返し」を猫が化けた「火車」の仕業とされ、東向きに寝ている人を西向きに変えるという。

岩手県下閉伊郡小本村では、亡くなった人を棺に入れて座敷に置いたところ、棺と畳が火事で焼けてしまい、その後、畳を替えたがその上で寝た者は「枕返し」にあう、という話が残っている。

佐々木喜善の「遠野のザシキワラシとオシラサマ」には、岩手県九戸郡侍浜村(現在の久慈市)南侍浜や下閉伊郡宮古町(現在の宮古市)宇向町にある、枕を向けて寝ると枕返しにあう、という不思議な柱の話が記されている。

静岡県磐田郡には「枕小僧」の話が残っていて、身長約3尺(約90センチ)で特定の部屋や建築物でいたずらをするという。

香川県さぬき市の大窪寺では、枕元に「枕小僧」が立つと体の自由がきかなくなるという。

石川県では少女の姿で、和歌山県ではモミの大木に宿る精霊が「枕返し」を起こす話が伝わっているが、どちらも最終的には人の命を奪っている。

宿泊した大金持ちの旅人を家の者がだまして殺し、金を奪ったところ、その旅人の霊が夜な夜な泊まった人の枕を動かした、という話が各地に伝わっている。

陸奥国では座敷童子の悪戯とされ、岩手県では狸や猿の仕業とする村もある。

平安時代末期の「大鏡」には、藤原義孝が死に際に、死後もこの世に帰るから通常のしきたりのような葬儀はするな、と言い残したが、枕の位置を北向きに直すなど通常の葬儀が行われたため、藤原義孝は蘇生できなかった、という話が記されている。

民俗学者の武田明さんは、枕には人間の生霊が込められており、枕を返すことは寝ている人間を死に近づけることを意味する。

宮田登さんによると、夢を見ることは別世界へ行く手段と考えられており、夢を見るために箱枕に睡眠作用のある香を焚きこむこともあったという。

竜斎閑人正澄の「狂歌百物語」では「枕返シ」、鳥山石燕の「画図百鬼夜行」では「反枕」として、小さい仁王のような姿で描かれている。

「妖怪ウォッチ」ではEランクだった。

「ゲゲゲの鬼太郎」では、子供を夢の世界に誘拐する妖怪として登場した。夢の国へ渡る虹の橋を作る能力を持ち、夢を自在に操るランプで鬼太郎たちを苦しめた。

原作とアニメ4期では塩に弱く、1期と5期では獏に食べられていた。6期では最初から味方として登場し、夢を操る力を使って目玉の親父を目玉だけになる前の、昔の姿に変身させた。

「地獄先生ぬ〜べ〜」では、少女をパラレルワールドに飛ばしていた。