本日は、最近読んでおもしろかった書物です本

 

 

 

 

 ・森村誠一 「人間の証明」(1977,角川文庫)

 

 

 亡きみつまめ父の蔵書にありました。電車通勤に1時間強かけてた人だったので、当時ではその合間に本でも読むほかなかったのでしょう。昭和40年代以降の、おそろしい分量の本が残ってます。

 

 去年7月、90歳でお亡くなりの昭和を代表するミステリー作家・森村誠一さん。

 ホテルマンを経て32歳の1965年に作家デビュー。1969年の 「高層の死角」 がヒットして推理小説界の売れっ子になります。とくに 「終着駅」 シリーズは、片岡鶴太郎さんが牛尾刑事を演じて25年間も2時間テレビドラマ化が続きました。

 

 「人間の証明」 といえば、1977年10月公開の角川/東映映画が有名。渓谷を飛ぶ麦わら帽子の映像に 「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」。ジョー山中さんの主題歌 ♪Mama~Do you remember~ ともどもよく出来たメディアミックスでした。

 

 有名なぶん、かえってストーリーはよく知らない。せっかくここに現物があったので読んでみた次第。

 すると、想像を越えるクオリティで、440頁の長編なのに冗長さなしのサスペンスミステリーだったのに得した気分になりました。

 

 千代田区の高級ホテル内で発見された黒人青年ジョニー・ヘイワードの遺体。付近に遺留品と思しき古ぼけた麦わら帽子が見つかりました。

 警視庁の照会を受けたニューヨーク市警25分署のケン・シュフタン刑事は荒んだイーストハーレムのヘイワード住居を捜索。家主に 「日本のキスミーに行く」 と伝えていたと言います。

 

 なぜ貧しい青年がわざわざ日本に来たのか、麦わら帽子の意味は、キスミーとはどこか......謎だらけの事件に棟居(むねすえ)刑事が挑みます。

 

 実はこれらの謎は、自分は前もってボンヤリ知っており、ミステリーとしてはネタバレしてる状態だったにも関わらず、ストーリーのおもしろさでまったく興味薄れず読了することが出来ました。

 

 登場人物は多彩。棟居刑事はこれが森村ミステリーの初登場だそうで、戦争を知る世代だけに壮絶なトラウマを抱え、それが刑事としての正義感になっています。

 

 今をときめく文化人・八杉恭子は将来の首相候補とも言われる代議士・郡 陽平と人のうらやむパワーカップル。しかし息子の恭平は両親に反発し、買ってもらったマンション部屋に男女悪友を連れ込み、酒とクスリと乱交パーティーに興じていました。

 

 さらに小山田と新見という男が絡みます。肺を病み休職中の小山田を助けるため夜の仕事を始めた妻文枝が失踪。どうやらエリート商社マン新見と浮気してるらしい、と疑心暗鬼になった小山田が妻の行方を求め、新見を内偵するのです。

 

 東京とニューヨーク、ふたつの捜査と八杉親子の葛藤、そして小山田の妻失踪...これらすべてがついに一本の線でつながるとき、悲劇的な事件の真相が明らかに、という仕掛けです。

 

 映画が評判になったとき、あまりにご都合主義じゃないか、と辛口評価が飛んだと言いますが、ここまでキレイにつながるとかえって清々しい。ご都合ついでに、最後の最後までサプライズがあります。かえって近年の小説の ‟伏線大回収” 手法先取りかも。

 

 とはいえ、1975年に書かれた小説なので、社会的価値観が現在と相容れないのは事実です。なんというか、読んでて嫌悪感が起きるような 「ヘル昭和」 満載。主題としてはタイトルどおり ‟人間性” を問うものではありますが、それにしたって ‟オス社会の論理” としか思えないという。

 

 なにせ、悪気のない天然で刑事がこんな会話を交わすんですから、あとはご推察くださいませ。

 

 「それにしても恭子は美人だな、齢食ってるのに三十前後に見えないこともない」

 「驚いたろ、うちのワイフなんかいくらも違いないのにもうとっくに停年だ。まったく郡陽平は男冥利に尽きるやつだよ」(P49) 

 

 

 なお、本のしおりが当時、買った書店の近くにあったと思われる飲み屋の優待券になっており、‟明朗会計完全前金パック制 7時迄来店の方ビール7本2310円” ですって。いろいろ昭和だわぁ。