昨日3月12日は 《だがしの日》 だったそうです。

 

 といっても2015年制定の新しい記念日。全国の駄菓子メーカー有志 《DAGASHIで世界を笑顔にする会》 が登録しました。

 

 由来としては 「日本書紀」 に出てくるお菓子の神様・田道間守(たじまもり)の命日。彼は垂仁天皇の時代、常世の国に不老不死の妙薬 《非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)》 を探す旅に出て、橘...今のみかんの原種を招来したと書かれています。

 

 当時のお菓子は果子といい、フルーツのこと。現在でも京懐石では、デザートのフルーツを ‟水菓子” とシャレた呼び方してます。

 

 ちなみになんで命日がわかるのかというと、田道間守が旅に10年かかって3月12日に帰国してみると、すでに垂仁天皇が崩御しており、間に合わなかった申し訳なさから、御陵にお参りして泣き叫びながら亡くなったという話からです。

 

 さて、駄菓子というとわたくし みつまめも小学生時分の思い出あり。学校の近くに古色ゆかしい駄菓子屋さんが残存していました。たしかご主人が市議会議員だったような。

 

 商店の名を冠しており、お店の右半分には衣類や雑貨が並んでいるのでお子ちゃまには関係なし。左半分で駄菓子やゲーム機を置いていたのです。

 

 ゲーム機といってもテーブルタイプのアーケードゲームじゃなく、十円玉をバネのレバーで弾く新幹線ゲームとかでしたから、まぁ~アナログ。それでも夢中になってたんですから、娯楽に乏しい純粋なお子ちゃまたちでした。

 

 お菓子でいえば、有名なよっちゃんイカとかビッグカツとかうまい棒の記憶がない。全国展開してるのじゃなく、もっとアヤしい感じです。大好きだったのは <こがし麦> と <きなこ棒>。

 

 香ばしい細かい麦味のほんのり甘いスナックと、きなこ味でけっこう歯ごたえのあるモチだかアメだかわからないのをクッチャクッチャやってました。あれ何だったんだろう...

 

 どれも数十円で、いちばん安いのは5円のコーラ飴。これがみつまめの人生で最安値の品です。ちなみにみつまめ母に聞いてみたら、昭和30年ごろ、塩せんべいが1枚1円だったんですって。

 

 そんな細かい買い物のため、入れ替わり立ち代わり子どもがレジを行き来し、店番はザ・おばあちゃんという感じの割烹着を着たおばあちゃん。レシートなんかなく、お金は漬物用のガラス容器に入れ、お釣り用の小銭はマッチ箱に詰めてありました。

 

 思えばけっこうめんどくさい仕事なのに、いつもニコニコと見守っててくれたんですから、おかげで良い思い出として残ってます。