本日は、「MSI=みつまめスケプティック委員会」 からの活動報告です。
古今東西あまた世上をにぎわせたフェイク科学系の話題を総ざらいし、信頼に足る真相に迫ります。
今回は 「トンキン湾事件」 を特集しましょう。
人はなぜ <陰謀論> を信じるのか、という問いの答えについては、自分が理解しがたい、あるいは受け入れたくない現実のツジツマを合わせるため、何か巨大な意志が世界を裏から操っている、と思い込むことで納得したいからだ、と言われます。
もうひとつ、陰謀論が蔓延り、惹かれ、囁かれ続ける理由は、「たま~にホンモノの陰謀があるから」 という面があるからです。
ホンモノと言っても、世界を股にかける秘密組織とか宇宙人とかの類ではもちろんありません。事実をでっち上げるなどして世論をミスリードする、という種です。1991年1月、湾岸戦争のさなかでリークされたペルシャ湾、重油にまみれた水鳥の映像が世界中でイラクへの憎悪を駆り立てたように(実際は原因不明)。
1964年8月2日、ベトナム・ハノイ南東のトンキン湾で、南ベトナム船舶とともに侵入したアメリカ海軍の駆逐艦マドックスが、北ベトナムの魚雷艇から攻撃を受けました。マドックスに被害はなく、北ベトナム軍は南ベトナム船と誤認したミスであることを認めました。
ところが8月4日にもマドックスへの攻撃が発生し、報復のためアメリカ海軍も発砲、公海において軍事衝突に至ったのです。
リンドン・ジョンソン大統領は、ただちに議会にトンキン湾でのアメリカの国益を護持するための決議案を提出し、あっという間に採択されます。かくして1965年3月のダナン上陸をもって、ベトナム戦争への本格的軍事介入が始まりました。1964年11月の大統領選挙では、兵士を戦場に送ることはしない、と演説していたのに。
当初、北ベトナム許すまじ、と沸騰していたアメリカ世論は、戦争が長引き人々に厭戦気分が広がると、そもそもの発端に疑問が投げかけられます。果たしてトンキン湾事件はあったのか、と。
1971年6月、「ニューヨーク・タイムズ」紙が、<ペンタゴン・ペーパーズ> なる機密文書を入手し、すべてが明るみに出ました。
「ニューヨーク・タイムズ」 のスクープ
実は北ベトナムに軍事介入を狙っていたジョンソン大統領と軍は、議会の承認を得るために事件をでっち上げたのでした。8月4日の衝突は、むしろマドックスが北ベトナム領海に侵入し、軍事挑発していたのです。
ベトナム戦争は南北の対立に他国が介入する構図だったため正式な宣戦はなく、トンキン湾決議がそれに代わるものでしたが、事件自体がでっち上げでは、犠牲になったベトナム国民も、戦死した約6万人のアメリカ兵も浮かばれないというもの。動員されたのはのべ250万人、多くの帰還兵が戦争神経症で心身を病み、社会から落伍していきました。
日本もアジア太平洋戦争において戦意高揚、従わないものは非国民である、との陰湿な同調圧力が社会を覆いましたが、この現象が洋の東西を問わない人類普遍の危険なものであることを、トンキン湾事件は示しているのです。
それではまた、次回の報告会でお会いしましょう。