R大学文学部史学科のぜんざい教授ねこへびは、学食のスイーツメニューパフェと学生相手の歴史トークが大好き。

 

 今日も教え子の院生・あんみつ君ニコニコと、新しい話題に興じているようですよ。

 

 

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ガトーショコラ 抹茶パフェ コーヒー

 

 あんみつにひひ 「先生こんにちは! あっ、それゴディバ製のチョコパフェじゃないですか~。サイズ小さめなのに高いんですよね、さすが大学教授となると豪勢だなぁ」

 

 ぜんざいねこへび 「ふふ。これくらいささやかなゼイタクしてもバチは当たらないだろう。甘さ控えめで苦味があり、バターが利いてるから、小さくても私には食べきれないくらいさ(笑)。ところで最近、君は何に興味を持ってるのかな?」

 

 あんみつシラー 「はい。ここ一年、近現代を勉強することが多かったので、古代史をおさらいしようとノートとかを整理してたときに、ふと疑問が湧いたんです。なんで推古天皇が即位したんだろう と思って」

 

 ぜんざいねこへび 「ん? 推古天皇というと飛鳥時代、初めての女性の天皇だねぇ。実際の政務を摂ったのは 蘇我馬子 と 聖徳太子 だとされている」

 

 あんみつむっ 「ええ。『日本書紀』 に出てくる神話的な 神功(じんぐう)皇后 や 飯豊青皇女(いいとよ あおのひめみこ) を除けば、歴史上初めて登場した、実在の女帝じゃないですか。天皇家にしたら前例のない大事件だと思うんですけど」

 

 ぜんざいねこへび 「ふぅん。古代史の泰斗 直木孝次郎博士 に代表される見解では、自らの子である 竹田皇子 が幼少だったため、彼が成人するまでの中継ぎ、<中尊皇(なかちすめらみこと)> であると言われているが」

 

 あんみつべーっだ! 「でも、中継ぎのわりには推古天皇の治世は西暦592年から628年の36年間に及びます。前後の天皇と比べてもすごく長いんです。中継ぎじゃなく、長期安定政権じゃないですか」

 

 ぜんざいねこへび 「そうだね。しかも幼少な皇子の代役といいながら、国政を蘇我馬子や聖徳太子に任せていたのではあんまり意味がないからねぇ。政治をみないなら、子どもが天皇になってもいいようなものだ」

 

 あんみつ得意げ 「そこで、昔からずっと 聖徳太子摂政説 がポピュラーだったんですよね。本当なら英明な太子が即位するべきところ、最強豪族である蘇我氏との間に摩擦が起こり存分に腕が揮えない。そこで馬子の姪である 炊屋姫(かしきやひめ) が即位することで表面上協調し、実際の国政は太子に任せよう と」

 

 ぜんざいねこへび 「うん。だが推古即位時、太子とてまだ19歳だ。いくら英明だと言っても、名実ともに蘇我馬子にかなわないだろう」

 

 あんみつむっ 「ですよねぇ。竹田皇子でも太子でもなく、女性が天皇になる必然性となると、納得できる理由がないんです」

 

 ぜんざいねこへび 「なるほど。この時期、天皇が女性でなければならなかった必然性、か。直系の皇子が幼少だったり、豪族間の摩擦などで皇位継承が揉める なんて事態は推古以前にも起こりえたことだろう」

 

 あんみつ得意げ 「でもそうした過去には女帝は実現せず、推古が初ということになりました。京大の 岸 俊男教授 は、政治経済的に <皇后> の地位が安定・向上したことを挙げていましたけど」

 

 ぜんざいねこへび 「天皇家の実績が積み重なった結果だ と言うのだね。学習院大の 遠山美都男博士 も、天皇には軍事・外交面で腕っぷしを求められた時期が過ぎ、王族の血縁と執政能力さえあれば性別を問わなくなったんだ と言っている」

 

 あんみつかお 「あとボクが読んだのは専修大の 荒木敏夫教授 の見解で、同一世代の皇子が複数いて王権継承が揉めそうになったとき、紛争を回避するために前皇后が即位することになったんだと。竹田皇子、太子の他にも 押坂彦人大兄皇子 という候補者がいましたからね」

 

 ぜんざいねこへび 「ところが、推古の36年に及ぶ治世のあいだに、3人とも先に亡くなってしまった。やはり中継ぎという解釈は成り立たないね。先入観を抜きにして、もっと詳しくこの時代の大和政権の事情を検討してみようか」

 

 

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 今回はここまでです。

 

 新テーマは 「推古天皇の即位事情」。

 史上初の女帝が登場することになった理由に迫ります。

 

 それではごきげんよう(^O^)/。

 

 

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