みつまめの「このレコード聴いてみた
」
「90125」
YES
古今東西あまり関係なく(笑)、みつまめのお気に入りレコードを披露している「このレコ!」、今回はこのバンドのアルバムです。
YES (1983)
Vo:ジョン・アンダーソン
G:トレヴァー・ラビン
Key:トニー・ケイ
B:クリス・スクワイア
Dr:アラン・ホワイト
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

1970年代に全盛期を誇ったプログレッシヴ・ロック(通称プログレ)の真骨頂は、ラジオでかけられることを織りこんだ3分尺のポップソングの常識を覆す長~い曲構成と、アルバム一枚まるまる使って自由に音楽を表現するコンセプト性。
さらに、そうした音楽を実現するための超人的な演奏テクニックでした。
しかし1980年代に入ると、急速にプログレは同時代性を喪失。
それは、折からシンセサイザーなどの打ち込みサウンドが発達し、バンドに超絶テクニシャンがいなくとも、あるいは、その楽器パートのメンバーが存在しなくとも、好きなサウンドをレコーディングできるようになった影響でした。
極論すれば、ポップソングの世界では、もはや演奏に“指を使う”必要がなくなったわけです。
プログレの、個々の楽器パートがフル回転し、転調・変拍子を連発しながら、数十分に渡って延々と前衛的な演奏を繰り広げる音楽は、完全に時代錯誤の感を漂わせていました。

1981年、プログレの雄・YESが活動停止を余儀なくされると、メンバーのスティーヴ・ハウ(G)とジェフリー・ダウンズ(Key)は、スーパーグループ “ASIA” の結成に参画。
そのASIAは、プログレのオールスターとも言える豪華な4人が集結したとはいえ、発表された音楽はポップ色の強いもの。
ポップソングにプログレ風味をトッピングしたような音作りで、そのデビュー作は全米でメガヒットを記録しました。
ASIAを横目に(したかどうか・笑)、残ったYESのメンバーはメンバーを整え、新バンド “CINEMA” の準備に着手したものの進展なし。
しかし、1983年に入って、オリジナル・メンバー、ジョン・アンダーソン(Vo)とトニー・ケイ(Key)が復帰。
さらにバグルスのトレヴァー・ホーンをプロデューサーに据えてアルバム制作にかかり、バンド名義はCINEMAでなく、YESの名を冠することが発表されました。
そして完成したニュー・アルバム 「90125(邦題:ロンリーハート)」。
アルバムの内容は、やはりプログレッシヴ性を抑えたポップな楽曲が目立ち、(大方の予想通り)賛否両論を呼びました。
そのなかでも陰影をたたえた作風は、まぎれもなくYESのものです。
プログレを完全に払拭したわけではなく、『CHANGES』 では変拍子の複雑なアレンジが施されていますし、大作 『HEARTS』 はまさにYESの本領発揮。
『IT CAN HAPPEN』 や 『OUR SONG』 では、クリス・スクワイアとトレヴァー・ラビンがリードボーカルを取るパートもあり、多彩な曲調になっています。
ちなみに、思わせぶりなアルバム・タイトルは、単なるレコードの品番だそうです(笑)。

ジョン・アンダーソンのボーカルは、やや好き嫌いが分かれそうな甘ったるい声質ながら、透明感とパワフルさを備えたハイトーンが魅力。
それは’80年代にもマッチしたせいか、アルバムは大ヒット、全米5位まで上がりました。
アルバム冒頭にして、シングルになった 『ORNER OF A LONELY HEART(邦題:ロンリーハート)』 は、バンド史上唯一の全米1位。
’70年代以来、“プログレ・レジェンド”YESのファンには、あらずもがな、のヒット曲であったらしいですが、このヒットのおかげでバンドが歴史の彼方に追いやられずに済んだ、という意味では、そして’70年代の作品に再び陽があたったことを思えば、今にすれば僥倖であったと言えると思います。
それにしても、ハードロックに大打撃を与えた’70年代なかばのパンク・ブームといい、へヴィーメタルを撃沈した’90年代初頭のグランジ・ブームといい。
そしてプログレを葬り去った’80年代のポップ・カルチャーといい、ひとつのトレンドが主流になると、それ以前の音楽に時代遅れの烙印を押し、全否定してしまう世の中の流れは・・・偏狭・浅薄としか言いようがない。
いつの世であれ、いろんな音楽が繚乱している方が豊かで華々しいと思うのですが。
それでは最後に、『ORNER OF A LONELY HEART』 をご紹介♪
このビデオ、世の中の動静如何では、放送できない類らしいですよ(笑)。
」「90125」
YES
古今東西あまり関係なく(笑)、みつまめのお気に入りレコードを披露している「このレコ!」、今回はこのバンドのアルバムです。
YES (1983)
Vo:ジョン・アンダーソン
G:トレヴァー・ラビン
Key:トニー・ケイ
B:クリス・スクワイア
Dr:アラン・ホワイト
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

1970年代に全盛期を誇ったプログレッシヴ・ロック(通称プログレ)の真骨頂は、ラジオでかけられることを織りこんだ3分尺のポップソングの常識を覆す長~い曲構成と、アルバム一枚まるまる使って自由に音楽を表現するコンセプト性。
さらに、そうした音楽を実現するための超人的な演奏テクニックでした。
しかし1980年代に入ると、急速にプログレは同時代性を喪失。
それは、折からシンセサイザーなどの打ち込みサウンドが発達し、バンドに超絶テクニシャンがいなくとも、あるいは、その楽器パートのメンバーが存在しなくとも、好きなサウンドをレコーディングできるようになった影響でした。
極論すれば、ポップソングの世界では、もはや演奏に“指を使う”必要がなくなったわけです。
プログレの、個々の楽器パートがフル回転し、転調・変拍子を連発しながら、数十分に渡って延々と前衛的な演奏を繰り広げる音楽は、完全に時代錯誤の感を漂わせていました。

1981年、プログレの雄・YESが活動停止を余儀なくされると、メンバーのスティーヴ・ハウ(G)とジェフリー・ダウンズ(Key)は、スーパーグループ “ASIA” の結成に参画。
そのASIAは、プログレのオールスターとも言える豪華な4人が集結したとはいえ、発表された音楽はポップ色の強いもの。
ポップソングにプログレ風味をトッピングしたような音作りで、そのデビュー作は全米でメガヒットを記録しました。
ASIAを横目に(したかどうか・笑)、残ったYESのメンバーはメンバーを整え、新バンド “CINEMA” の準備に着手したものの進展なし。
しかし、1983年に入って、オリジナル・メンバー、ジョン・アンダーソン(Vo)とトニー・ケイ(Key)が復帰。
さらにバグルスのトレヴァー・ホーンをプロデューサーに据えてアルバム制作にかかり、バンド名義はCINEMAでなく、YESの名を冠することが発表されました。
そして完成したニュー・アルバム 「90125(邦題:ロンリーハート)」。
アルバムの内容は、やはりプログレッシヴ性を抑えたポップな楽曲が目立ち、(大方の予想通り)賛否両論を呼びました。
そのなかでも陰影をたたえた作風は、まぎれもなくYESのものです。
プログレを完全に払拭したわけではなく、『CHANGES』 では変拍子の複雑なアレンジが施されていますし、大作 『HEARTS』 はまさにYESの本領発揮。
『IT CAN HAPPEN』 や 『OUR SONG』 では、クリス・スクワイアとトレヴァー・ラビンがリードボーカルを取るパートもあり、多彩な曲調になっています。
ちなみに、思わせぶりなアルバム・タイトルは、単なるレコードの品番だそうです(笑)。

ジョン・アンダーソンのボーカルは、やや好き嫌いが分かれそうな甘ったるい声質ながら、透明感とパワフルさを備えたハイトーンが魅力。
それは’80年代にもマッチしたせいか、アルバムは大ヒット、全米5位まで上がりました。
アルバム冒頭にして、シングルになった 『ORNER OF A LONELY HEART(邦題:ロンリーハート)』 は、バンド史上唯一の全米1位。
’70年代以来、“プログレ・レジェンド”YESのファンには、あらずもがな、のヒット曲であったらしいですが、このヒットのおかげでバンドが歴史の彼方に追いやられずに済んだ、という意味では、そして’70年代の作品に再び陽があたったことを思えば、今にすれば僥倖であったと言えると思います。
それにしても、ハードロックに大打撃を与えた’70年代なかばのパンク・ブームといい、へヴィーメタルを撃沈した’90年代初頭のグランジ・ブームといい。
そしてプログレを葬り去った’80年代のポップ・カルチャーといい、ひとつのトレンドが主流になると、それ以前の音楽に時代遅れの烙印を押し、全否定してしまう世の中の流れは・・・偏狭・浅薄としか言いようがない。
いつの世であれ、いろんな音楽が繚乱している方が豊かで華々しいと思うのですが。
それでは最後に、『ORNER OF A LONELY HEART』 をご紹介♪
このビデオ、世の中の動静如何では、放送できない類らしいですよ(笑)。