*5月26日・6月3日・6月16日・7月6日記事のつづきです。
R大学文学部史学科・ぜんざい教授
と教え子のゼミ生・あんみつ君
の歴史トーク。
豊臣秀吉の刀狩をめぐる話題は、日本の中世と近世の分岐点に。このテーマ最終回にあたって、ぜんざい教授、まだまだ言いたいことがあるみたいですよ。
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あんみつ
「そうかぁ、豊臣秀吉の刀狩令は、戦国時代を終え、天下統一された日本が、近世的な <国家> としての、封建社会に移行する契機になったんですね」
ぜんざい
「これはそんなに目新しい見解ではなくてね、もともとそうした視点はあったんだ。しかし私が注目したのは、いわゆる士・農・商の <身分の固定> ではなく、農民層が完全に領主の支配下に入ることで生じた <統治者としての責任> なんだよ」
あんみつ
「あっ、それで先ほどの、<武装> の問題もわかる気がします。戦国時代の豪族・国人・地侍といわれた中間武士層は、刀や弓・槍・鎧兜 をすべて自分たちで用意して、合戦に参加、武功に応じた恩賞にあずかっていたんですよね。言い換えれば、そうした <武装自弁能力> の大小が、そのまま武士としての力関係、つまり支配・被支配関係に直結する、ということですね」
ぜんざい
「おぉっ、いいねぇあんみつ君。ならば最後の問題について話すことにしよう。封建社会における <支配> とは、領民に対してその安全を保護する義務が生ずる。だから武装の自弁は、自らの身を守り、さらに支配下領民など、<非武装者> を防衛する責任を意味するんだ」
あんみつ
「それが、戦国大名、あるいは豪族の存在意義なんですね」
ぜんざい
「その原則ルールが、<鉄砲> の導入、さらにその武器としての主流化にともなって、だんだん成立し得なくなっていくんだ。鉄砲というのはお金がかかってね(笑)。織田信長にしても自治都市・堺を武力制圧し、多額の矢銭を課したり、貿易を独占、楽市楽座などの商業整備を徹底して財政を拡充、そこまでやって、ようやく充分な数の鉄砲を買い入れたわけだ。つまり、鉄砲はとても豪族単位で <自弁> できるシロモノではないだろう?」
あんみつ
「そうか、つまり鉄砲の導入というのは、大名や領主が武器を <一括購入> して、さらにそれを兵士たちに <支給> しなければならない、という変化が生じたんだ。<武装の自弁> から <配給> へ。それはすなわち、中世から近世への進展といえそうです」
ぜんざい
「そのとおりだ。しかもそれだけではない。その <支給制度> なるものは、運用にあたっては細かなルール、整備された法を必要とする。だってそうだろう? 戦国時代の豪族・国人・地侍・足軽といった、大名の正式な家来でない恩賞目当ての徴発兵には、前に言った双務契約、要するに、主君への忠誠心などないんだからね(笑)。そんな彼らに、強力きわまる武器である、鉄砲など軽々と渡せるかい?」
あんみつ
「そうですね。うっかり鉄砲を与えて、それを反乱に使われたら~」
ぜんざい
「うん。強力な武器の支給は、下手したら支配者層の脅威になってしまうんだよ。それに加え、恩賞目当ての兵は、手柄を立てることを優先するために、戦場ではてんで好き勝手な行動をとることがしばしばだった。しかし、鉄砲を渡す以上、そうしたスタンド・プレーもあってはならない。鉄砲の導入は、<規律> あるいは <軍律> を生み出す結果になった」
あんみつ
「なぁるほど。ずっと先生が仰ってた、中世から近世への転機というのは、武家社会が明確に主君・家臣の関係を構築し、新しい封建社会に移行する過程のことだったんですね。その象徴が、鉄砲という武器であり、刀狩令のような、自存自衛の武士のあり方を否定・消滅させる政策、というわけですか」

あんみつ
「あっ、先生、もうひとつ伺ってもいいですか? ボク、今思いついたんですけど、織田信長が今川義元を撃破した、桶狭間の合戦 のことなんです。あの戦いについては、講談的なエピソードに彩られすぎて、実態をみることが難しいですけど、もしかしたら、今川義元の敗因に、さっき仰言った、戦場での兵士の <勝手な行動> が関係しているのかな、と思って」
ぜんざい
「ふむ。黒田日出男氏の最新の研究があってね。彼は桶狭間の戦いの史料を詳細に分析した結果、従来の史料である 『信長公記』 『三河物語』 のほかに、『甲陽軍鑑』 の今川氏関連の記事に、史料的価値を認定した。彼の研究では、従来の見解と、このように違いがある。」
従来 黒田説
尾張侵入 上洛し 織田氏攻略
の理由 天下に号令
戦場 田楽狭間 「おけはざま山」
両軍兵数 今川・・・4万 今川・・・2万
織田・・・3千 織田・・・8百
天候 雷鳴驟雨 石氷(雹)
戦闘 迂回・奇襲 正面攻撃
あんみつ
「へぇ~、ずいぶん違いますね。先生、これでみると信長は、少ない兵力で山に登り、正面から攻撃を仕掛けたことになりますけど、よくこれで勝てましたね? 従来の、谷間への奇襲の方が、現実に勝つ可能性がありそう」
ぜんざい
「それが先ほどの話と繋がるんだ。当時、合戦には <乱取り> というものがあってね。いくさに勝つと、足軽たちは戦死した敵兵の遺体から、刀剣や装備品などの、<金目の物> を漁るしきたりで、大将もそれを認めていた。むしろ、徴発兵はそれを期待して、戦いに参加していたといっていい。そして、この日、今川軍は午前中に鷲津・丸根両砦を陥落させ、<勝利してこの日の戦闘を終えた> はずだったんだ」
あんみつ
「あぁ、すると織田軍は、今川軍の兵が <乱取り> に出掛け、油断し手薄になっていた義元本陣に正面攻撃を仕掛けた、というわけですか」
ぜんざい
「そう。おりから雹(ひょう)が降りだし、今川兵が注意散漫になっていたこともあるだろう。そこを攻撃され、なすすべなく敗れた末、大将義元が討ち取られてしまった、という説で、黒田氏は 『乱取状態急襲説』 と命名している」
あんみつ
「そうですか。この時代の、領主と武士の不確かな主従関係を象徴するような敗戦といえるのかも知れませんね。そして、それに勝利した 織田信長が、戦国の統一に大きな巨歩を踏み出したことを考えると、やはり歴史を変えるきっかけになった、といえる合戦ですね。先生、すごく勉強になりました。ありがとうございました!」
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「天下統一と刀狩」 はこれで完結です。
ご覧いただき、ありがとうございました。
また次回のぜんざい教授とあんみつ君の歴史トークにご期待ください!
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参考文献
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・林屋辰三郎 「日本の歴史12 天下一統」
・宮崎市定 「アジア史概説」
・堀米庸三 「世界の歴史3 中世ヨーロッパ」
・福田豊彦 編 「いくさ」
・鈴木眞哉 「謎とき日本合戦史」
・松本清張 「日本史探訪」
・黒田日出男 『桶狭間の戦いと〈甲陽軍鑑〉』
*また、経済史学・故水沼知一先生の講義から、多く勉強させていただきました。お礼申し上げます。