縁日灯り 続き | 恋着、横着、漂着 遊び盛りゆるゆるのびのび60代

恋着、横着、漂着 遊び盛りゆるゆるのびのび60代

2年早く退職して機能と効率のタガを外すことが出来ました。
人生をゆるゆるのびのびと楽しんで味わって行きたいと思う60代です。

 リクツじゃねえものを、か。

 (奇妙なフリ、まじないのようなしぐさをして)  

 

 おい、あっちを見な。あの、金魚すくいの出店よ。

 中学生のおめえさんがいるだろ。もう50年も前のおめえさんだ。

 あの頃、おめえさんは勉強が出来る方の生徒だったようだが、それでも、口下手でよ、恥ずかしがり屋で、うぶだった。

 同じクラスの、ちょいとばかりませた、器量のいい娘がいただろ。おめえさんがずうっと気になってる娘さ。

 思い出したか?

 ほら、あの子だ。色っぽくませて浴衣着てやって来た。同じようにませた友達とよ。

 へへん。ああやって、おめえさんをからかって、ありゃ、すぐ向こうへ行っちまった。

 おめえさん口ごもったまんま、下向いて。

 でもな。あの娘もおめえさんのことが気になってたんだぜ。えっ?って。今更驚いてやがる。

 ほうら、その証拠に、おめえさんの方を振り返って見てるじゃねえか。からかっちまったけど、もっと素直に、何か言葉を交わせばよかったって顔してらあ。でも、おめえさんが何にも答えねえから、って不満げな顔もして、ああ、それで行っちまった。 

 何ともいじらしいじゃねえか?おめえさんもあの娘も。

 

 ほら、今度はこっちを見な。街中の通りの電気屋の前だ。

 街灯テレビに人だかりがしてる。何をやってるかよくわからねえまんまで、おめえさんも大人たちに混じってテレビを眺めてらあ。まだ、五つ六つか。小学校に上がる前だろう。さっきより昔だ、60年も前かい。 

 手をつないでる子、おめえさんは妹だと思って、手をつないでるが、ありゃ、違う子だよ。ほれ、親戚のおばちゃんに言われて、気がついた。妹はその親戚のおばちゃんの近くにいるものな。

 他の大人たちの何人かも笑ってる。

 何ともかわいいなって、よ。

 

 どうだい。いじらしかったり、かわいかった頃の自分は?

 そんな頃が色々あった、そんな自分ってえものを一切合切、なくしちまってもいいなんて思うのは、どこか間違っちゃあいねえかい?

 ? ふむ。泣いてやがら。

 いいんだよ、泣きな。いい大人だろうが何だろうが、泣きたきゃ泣きゃあいいんだ。子どもでも大人でも、泣きてえ時に泣いて、笑いたい時に笑やあいいんだ。泣きてえのに泣きもしねえ、笑いてえのに笑いもしねえから、おかしな了見を起こすことになるんじゃねえか?

 

 さあ、少しは気が変わったかい。もう戻りな、いつもの処へ。

 ん?何でえ。何を訊きてえんだ?

 おれ?こちとらのことか?

 うーむ。おめえさんは、何でもはっきり分からねえと前に進めねえのか。ふうむ。

 ・・・いいよ、じゃあ、教えてやらあ。

 いいか、これまで、おれはおめえさんに三度遭ってる。

 もう40年も前のこった。山ん中のよ、泊りの仕事があっただろ。仕事が終わって宴会もはねて、真夜中、おめえさんは一人酔い覚ましに散歩に出かけた。ちいさな橋のたもとでよ、おめえさんは立ち止まって、向こうの橋のたもとにいるおれを見つけたじゃねえか。おめえさんは何となく、おれに見とれてた。

 それから、こりゃあ20年とちょっと前だったか。その頃、おめえさんは身体を鍛えるんたと何とかで、真夜中にそこいらをゆっくり走ってただろ。で、ある晩、川向うの一本道を走ってた時におれと出っくわした。

 月夜にふわりとしたしっぽを見て、この時もおめえさんは、しばし見とれてたな。おめえさんは気が優しいから、そのままズカズカと走って来たりはしなかった。しばらく立ち止まって、こっちがどうするか見ていた。

 おれは、ピョーンと畑の方に飛んで消えたさ、おめえさんの前から。

 

 これが二度よ。ああ、そうさ、同じおれさ。

 む、何? 三度目?

 けっ、ぼんやりした野郎だな、三度目は、今の今じゃねえかよ。

 いいか。言っておくが四度目はねえぞ。

 もし、四度目があるとしたら、そん時ゃ、おめえさんがどんなに嫌がっても、俺たちが寄ってたかっておめえさんをこっちに引きずり込む時だ、覚悟しろ。

 へっへっへっへっへっ。

 後ずさってやがる。 

 いいんだよ、それで。命が惜しくなっただろう。

 さあ、もう四の五の言わず、あっちを向きな。いいから向くんだ。目をつぶれ。いいか、ひのみのみで、おめえさんの肩をポンと叩く。そうして目を開けたら、おめえさんの前には見慣れた風景が広がってる。家だってすぐそこだ。

 いいな。さあ、数えるぞ。ひのふのみ。ポンッと。