闇紫陽花 独り芝居台本 | 恋着、横着、漂着 遊び盛りゆるゆるのびのび60代

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2年早く退職して機能と効率のタガを外すことが出来ました。
人生をゆるゆるのびのびと楽しんで味わって行きたいと思う60代です。

 

 以前、「戯作」として掌編小説もどき「闇紫陽花」を書いた。

 「闇紫陽花」とは私の勝手な造語である。鏡花が作品名をつける時は、こうした造語も繰り出すので、それにあやかったつもりである。

 秋の独り芝居の台本として改めて書き直してみた。

 と言っても、不要な描写部分を思い切って削ってみたら、それなりに出来上がっただけである。

 物語は独白で進行して行くわけだから、フリや表情で見せればいいわけで、動きそのものを説明する必要はない。

 それに長すぎる台本は覚えるのも面倒だ(笑)。

 さて、そんなわけで、以下、台本である。

 

   ✕         ✕         ✕ 

 

 

 ※夕方の電車内。出来れば、警笛または線路に響く電車の音でフェイドイン

 

「鏡花をお読みですか」

 そう聞かれたのは私か。

 いや、仕事帰りの電車内に好きこのんで鏡花の全集本の一冊を広げているような者は他にいるはずもない。
 声の主は?
 目の前の座席に着物姿の女がこちらを見て微笑んでいる。

 女の美しい目元に一瞬、見とれていた。
 「えっ?いや、まぁ…」

 間もなく乗り継ぎのために降りる駅だ。

 すると

 「私もここで降りますから」

 降りますから?

 女は立ち上がった。

 白地に大きく菖蒲をあしらった単衣に同じ菖蒲色の帯を艶やかに締めているのが見てとれた。
 列車が一瞬、大きく揺れた。女は本を仕舞おうとする私の腕に掴まった。

 

 気のせいか、周りの男どもが、羨ましげにこちらを見ている。

 いや、そんなことより何処へ連れて行く?

 女に導かれるように改札を抜けたが、女は振り向きもしない。

 私が着いて行くのは当たり前とでも言うのか?

 腹が立って来た。それにこっちは乗り継ぎの駅に向かう道ではない。
 「一体、貴女は」

  そう言おうと思ったその時
 「ここですの」

 暗い路地裏だった。

 「鏡花を読んでらっしゃる貴方に供養していただこうと思って」
 供養?誰の?
 「私の弟」
 弟?この暗がりに弟の墓でも立っていると言うのか?
 「これが弟」
 その白い指の先に朽ちた紫陽花がある。当然のこと紫陽花の季節はとうに過ぎている。
 朽ちた紫陽花は夜目にも、これが花だったのか?と思わせる無惨な姿を晒している。

 「手をあわせて頂くだけで、きっと弟は喜んでくれると思いますから」
 この朽ち果てた紫陽花が弟? 手をあわせろ? 狂っているのか、この女は…
 

 「おや、手をあわせるのも嫌かい?なら、そうだねぇ、ならお前の小指を貰おうか」
  小指?
 「それもお嫌?だったらお前の喉笛を食いちぎらないといけないんだがねぇ」

  何をほざく。お前は「琵琶伝」のお通か?そう吐き捨てようと思うが、声が出ない。

 

 「あっはははははっ」

 女の高笑いが耳をつんざいた。

 目眩の中で、その目が黄色く光ったように見えた。身体は…菖蒲の単衣ではない、闇に黒光りする毛に覆われ、口は裂け… そうして意識が遠のいた。

「大丈夫ですか」
「あ、…はい」

 そこは、いつもの自宅近くの駅のホームだった。声をかけてくれたのは駅員だった。


(鏡花を読み込み過ぎたかな)
 いや、何を馬鹿な。 だが…
「あっははははっ」 その時、またあの女の高笑い遠く聞こえた気がした。