秋の独り芝居の上演場所を変えることに | 恋着、横着、漂着 遊び盛りゆるゆるのびのび60代

恋着、横着、漂着 遊び盛りゆるゆるのびのび60代

2年早く退職して機能と効率のタガを外すことが出来ました。
人生をゆるゆるのびのびと楽しんで味わって行きたいと思う60代です。

 ・・・と考え始めている。

 というのも、これまでお世話になり続けて来た地元のライヴハウスは使い勝手もいいし、音響はノーギャラでオーナーが担当してくれるし、その他色々と有難いのだが、一時間5000円の使用料となると公演は赤字必至なのだ。

 節約をして行くという私的事情からすれば痛いのである。

 

 昨晩、いっそのこと上演もやめてしまおうかと思った。

 私は自分の性分を自分で分かっているつもりで、「こうしよう、この方向で行こう」と思ったら、もうその時点でアタマもココロもカラダも猛進状態になり、軌道修正をしなくなる。

 一旦、上演をやめてもいいかと思ったら、これまで温めて来たネタもどうでもよくなるのである。

 だって赤字が初めから分かっているならしかたないじゃないかと。

 スポンサーなどいないし、誰かが肩代わりなぞしてくれるわけではない。数人のお客さん歴のある方々は残念がるかも知れないが、ただそれだけだ。

 さあて、それじゃあ、きれいさっぱり忘れて、四コマ漫画集制作にでも邁進するか、と思った。そうそう、私の仕上げた「自家製四コマ漫画本」は、「コミックエッセイ」と言い換えた方が一般的らしい。

 

 でもなあ、「芝居上演の日に自家製本も売れば?」という勧めは、それはそれで一挙両得なのだよなあ。

 

 あ、そうか。

 小さなライヴハウスとしてもマスターが提供している喫茶店がある。

 先日は、ベリーダンスのインストラクターをしている知人が生徒たちと共に、その喫茶店で上演したらしい。

 ここは利用料を取らない。だから赤字にはならない。

 うまくすれば一万円くらい稼げるかも知れない。鑑賞料金と自家製本の販売で。

 

 そうなのだ。

 これも節約である。

 照明はかなり落ちるだろう。

 音響はマスターに依頼すればやってくれるかも知れないが、大道芸のように自分で演目を掲示して、とりかかるのも一つの手だ。

 その店がこれからの自分の芝居小屋としてお客さんたちにも定着してもらえばいいのだ。

 いや、まだ一度も上演していないのだけれど(笑)。

 

 ところで、日常生活の中の小さな節約はうまく行きそうな気がしている。

 アマゾンのギフト券は買わないし、買い物もしない。ただし、サッポロゴールドスターは買った。ドトールには寄らない。

 上演のための交渉をする喫茶店には、近々出かけるつもりだが、客として利用させてもらうのは月に一度くらいでもいいだろう。ケチくさいかな(笑)。

 

 「節約生活」の関連で思い出したことがある。

 ある高校の世界史の先生だった方のことで、既に故人である。生前は長く宮城県の公立高校の教員だった。

 公務員であるから生活は苦しくはなかったのじゃあないかと思っていたのだが、20代の頃、喫茶店でコーヒーを飲むことは最高のぜいたくだったという。私よりも20才から25才ほど上の方だったから、20代の時は1950年代から1960年代初めあたりだろうか。

 一杯のコーヒーを飲んだ日は、食事を節約するために部屋でじっとしていたという(笑)。

 そんな話を懐かしく語っておられた。

 

 私はそこまでの節約を強いられることもないのだ。気楽なもんである。

 楽しく面白く節約を。

 なんだか、とりあえずここしばらくの自分にとってのキャッチフレーズで、マイブームとも言えるかもしれないなあ。

 

 ※関連文献 髙橋秀実『定年入門』 ただし、節約術については書かれていない。