なんと、1ヶ月以上もブログの更新を出来ませんでした!
最後に書いた頃はまだ猛暑の影響で残暑も厳しい頃。でも今は秋も深まり、肌にさす空気の冷たさにたじろぐ毎日です。
ご無沙汰をお許しください。
9月10月は受注の仕事で殆ど休み無しの毎日でした。その間に「あし天」の上映や、気になっているテーマについての勉強会とそれに関連する方への取材と編集、そして母へのヘルパーと、老骨に鞭を打ちつつの毎日。学童のこぴあへの取材も9月、10月は全く出来ませんでした。夏休みが終わって新学期になって、どうしているかなと気になって入るのですが・・・
でも忙しいことは、私にとっては決して嫌なことではありません。寝る間も裂いて追われていると、時々どこかに逃げ出したい思いに囚われることがありますが、忙しいということは常に新しい出会いや、沢山の刺戟を頂く貴重な時間。何もすることがなくてしょんぼりしているより、充実した毎日になっているのですから。
今日は何十日ぶりかでブログを更新していますが、はじめの内はそのことが気になって仕方ありませんでしたが、あまり長く更新しないでいると怠け癖が出てしまうのですね。『まあいいか、明日にしよう』なんて・・そしていざ書こうとなと何を書いたらいいのか分からなくなってしまって。それでともかく近況報告を書くことにしました。
でも近況報告と言っても、受注の仕事に多くの時間をとられていたので余りありませんが・・
10月16日、この日は土曜なので何もなければ母のところに行くのですが、16日は知人の女性監督のドキュメンタリーの試写会に行ってきました。監督は井出洋子さん。私と同じ短編の世界でずっと監督をされてきた方で、今回始めて長編のドキュメンタリー映画を創られました。タイトルは「ジョージとタカオ」。布川事件という冤罪に巻き込まれ、1996年に仮釈放された桜井昌司さんと杉山卓男さんの仮釈放されてから再審請求が受け入れられるまでの10数年間を追った映画で、カメラもナレーションも彼女自身が行っている渾身の作品です。これから色々なところで上映が行われると思いますので、是非、機会がありましたら観てください。
翌17日と18日は高松に行ってきました。7月から10月までの毎週月曜に「風の舞」の上映があり、園挨拶に行ったのです。そして青松園に塔さんを見舞い、入所者の皆さんとお会いし、久しぶりに(と言っても先月も行っていますが)心充たされる思いをしてきました。高松は私にとっては第2の故郷にも似たところ。
会う方会う方が懐かしく、疲れた心と体を癒してくれる大切な場ですが、今は青松園のある大島も「瀬戸内芸術祭」に参加していて、島内にはハンセン病の歴史を示す展示や、カフェなども開かれ、訪れる人も多く、島全体が活気に満ちているような気がしました。
これを機会にハンセン病への理解が更に広がればいいなあと思わずに入られませんでした。
高松では、青松園のキリスト教の信者でつくる霊交会の説教に来ていた川崎牧師と、同行されていた好善社の棟居牧師たちと島の外でお会いし、来年5月に東京のハンセン病資料館で予定されている「塔和子企画展」の打合せを行い、翌18日は、「風の舞」の撮影がきっかけとなって親しくしている元香川大学医学部教授の平峯先生と落ち合って、「風の舞」の上映会が行われる高松市男女共同参画センターへ。
この日は50人くらいの参加者でしたが、観客の人数が少なくても、定期的に上映会が行われているのは画期的なことで、主催をしてくださった「高松市ハンセン病を考える市民の会」の酒井さんには心からお礼を申し上げます。
22日は東京の板橋区で「あし天の試写会」があり、25日には、町田市で1日4回の「あし天」の上映がありました。でも私は他の仕事と重なってどうしても参加できませんでした。
1日4回も上映するというのはエネルギーがいると思います。
主催をしてくださった実行委員の皆様、お疲れ様でした。
26日は、夜、東京で全国ハンセン病療養所入所者協議会の呼掛けによる緊急集会があり、私も参加してきました。大島青松園の官用船の民間委託問題や、他の園での園長不在問題など、「ハンセン病基本法」がたなざらしにされていることへの抗議の集会で、香川県からも大勢の関係者が参加。私は政治的な活動は何も出来ていませんが、これまでハンセン病問題に関して全く無知であったことへの贖罪の思いを込めて「風の舞」を創った一人の人間として、ハンセン病を患ったがために人間としての尊厳を踏みにじられた人々への熱い思いだけは決して忘れてはいけないと思っています。
27日、28日は秋田県の知的障害者福祉協会の職員研修の一環として「あし天」の上映と講演がありました。本当は私より映画の舞台となったサンガーデン鞍手の長谷川さんに行っていただいて話していただいたらもっと有意義な話が出来たかもしれませんが、皆さん真剣に映画を観て、私のつたない話を聞いてくださり、夜の意見交換会にも活発な意見が出て、私にとってもとっても勉強になる会でした。
参加者の多くは主任クラスの職員の方々でしたが、特に私の印象に残ったのは、秋田県は他県に比べて施設の数が多く、自立支援法の下での障害等級区分の地域格差の影響をもろに受けて、どの施設でも職員が苦労され、経営が物凄く大変とのこと。
だからなんとしても障害等級区分の見直しを働きかけ、安心して働ける職場と利用者にとっての最善の支援をなんとか実現させたいと、施設長はじめ皆さんが口々に話してくれたこと。
ともすると私なんかは綺麗ごとで話を進めてしまう傾向がありますが、現実はもっと重く、厳しく、みんな歯を食いしばって頑張っているのだなあと、つくづく思わされた2日間でした。
そして30,31日の土日は台風が関東に接近ということが気になって、母のところへ。いつもは母が駅まで電動車椅子で迎えに来てくれていて、1週間分の買い物を済ませるのですが、この日は母も出て来れないので私一人キャリーに買い物をした品物をいっぱいに詰めて歩いているとき、突風がふいて傘がぺしゃんこに。降り注ぐ雨にびっしょりに濡れながらキャリーを轢いていく「老女」の姿は人にはどう写ったか?でも当の本人は不思議と冷たい雨が気持ちよく、強風もなんのその、一路母の家を目指して歩いていました。
今日は台風一過の秋晴れではありませんでしたが、たまねぎの苗を植え、3週間前に播いておいた大根の疎抜きを行いました。
今畑は、半分は農家の方に使っていただき、後半分は冬野菜の種まきも殆ど終わっていて、まだ草も生えないので殆どやることも無し。
1年中こうして草が生えないとどんなに楽かなと、綺麗に整った畑を見ながらつくづくと思いました。
今外は雨が降っています。植えたたまねぎの苗に水をやらなかったので、ちょうどいい具合です。
でも、降りすぎると洗濯物もたまっているので困ってしまいますが・・人間って勝手ですよね。
これから棟居先生にお借りした青木恵哉の「選ばれた島」を読みます。これは昭和初期に沖縄でハンセン病療養所建設に血みどろの戦いをしたキリスト教徒の実話です。
では、おやすみなさい。
最後に書いた頃はまだ猛暑の影響で残暑も厳しい頃。でも今は秋も深まり、肌にさす空気の冷たさにたじろぐ毎日です。
ご無沙汰をお許しください。
9月10月は受注の仕事で殆ど休み無しの毎日でした。その間に「あし天」の上映や、気になっているテーマについての勉強会とそれに関連する方への取材と編集、そして母へのヘルパーと、老骨に鞭を打ちつつの毎日。学童のこぴあへの取材も9月、10月は全く出来ませんでした。夏休みが終わって新学期になって、どうしているかなと気になって入るのですが・・・
でも忙しいことは、私にとっては決して嫌なことではありません。寝る間も裂いて追われていると、時々どこかに逃げ出したい思いに囚われることがありますが、忙しいということは常に新しい出会いや、沢山の刺戟を頂く貴重な時間。何もすることがなくてしょんぼりしているより、充実した毎日になっているのですから。
今日は何十日ぶりかでブログを更新していますが、はじめの内はそのことが気になって仕方ありませんでしたが、あまり長く更新しないでいると怠け癖が出てしまうのですね。『まあいいか、明日にしよう』なんて・・そしていざ書こうとなと何を書いたらいいのか分からなくなってしまって。それでともかく近況報告を書くことにしました。
でも近況報告と言っても、受注の仕事に多くの時間をとられていたので余りありませんが・・
10月16日、この日は土曜なので何もなければ母のところに行くのですが、16日は知人の女性監督のドキュメンタリーの試写会に行ってきました。監督は井出洋子さん。私と同じ短編の世界でずっと監督をされてきた方で、今回始めて長編のドキュメンタリー映画を創られました。タイトルは「ジョージとタカオ」。布川事件という冤罪に巻き込まれ、1996年に仮釈放された桜井昌司さんと杉山卓男さんの仮釈放されてから再審請求が受け入れられるまでの10数年間を追った映画で、カメラもナレーションも彼女自身が行っている渾身の作品です。これから色々なところで上映が行われると思いますので、是非、機会がありましたら観てください。
翌17日と18日は高松に行ってきました。7月から10月までの毎週月曜に「風の舞」の上映があり、園挨拶に行ったのです。そして青松園に塔さんを見舞い、入所者の皆さんとお会いし、久しぶりに(と言っても先月も行っていますが)心充たされる思いをしてきました。高松は私にとっては第2の故郷にも似たところ。
会う方会う方が懐かしく、疲れた心と体を癒してくれる大切な場ですが、今は青松園のある大島も「瀬戸内芸術祭」に参加していて、島内にはハンセン病の歴史を示す展示や、カフェなども開かれ、訪れる人も多く、島全体が活気に満ちているような気がしました。
これを機会にハンセン病への理解が更に広がればいいなあと思わずに入られませんでした。
高松では、青松園のキリスト教の信者でつくる霊交会の説教に来ていた川崎牧師と、同行されていた好善社の棟居牧師たちと島の外でお会いし、来年5月に東京のハンセン病資料館で予定されている「塔和子企画展」の打合せを行い、翌18日は、「風の舞」の撮影がきっかけとなって親しくしている元香川大学医学部教授の平峯先生と落ち合って、「風の舞」の上映会が行われる高松市男女共同参画センターへ。
この日は50人くらいの参加者でしたが、観客の人数が少なくても、定期的に上映会が行われているのは画期的なことで、主催をしてくださった「高松市ハンセン病を考える市民の会」の酒井さんには心からお礼を申し上げます。
22日は東京の板橋区で「あし天の試写会」があり、25日には、町田市で1日4回の「あし天」の上映がありました。でも私は他の仕事と重なってどうしても参加できませんでした。
1日4回も上映するというのはエネルギーがいると思います。
主催をしてくださった実行委員の皆様、お疲れ様でした。
26日は、夜、東京で全国ハンセン病療養所入所者協議会の呼掛けによる緊急集会があり、私も参加してきました。大島青松園の官用船の民間委託問題や、他の園での園長不在問題など、「ハンセン病基本法」がたなざらしにされていることへの抗議の集会で、香川県からも大勢の関係者が参加。私は政治的な活動は何も出来ていませんが、これまでハンセン病問題に関して全く無知であったことへの贖罪の思いを込めて「風の舞」を創った一人の人間として、ハンセン病を患ったがために人間としての尊厳を踏みにじられた人々への熱い思いだけは決して忘れてはいけないと思っています。
27日、28日は秋田県の知的障害者福祉協会の職員研修の一環として「あし天」の上映と講演がありました。本当は私より映画の舞台となったサンガーデン鞍手の長谷川さんに行っていただいて話していただいたらもっと有意義な話が出来たかもしれませんが、皆さん真剣に映画を観て、私のつたない話を聞いてくださり、夜の意見交換会にも活発な意見が出て、私にとってもとっても勉強になる会でした。
参加者の多くは主任クラスの職員の方々でしたが、特に私の印象に残ったのは、秋田県は他県に比べて施設の数が多く、自立支援法の下での障害等級区分の地域格差の影響をもろに受けて、どの施設でも職員が苦労され、経営が物凄く大変とのこと。
だからなんとしても障害等級区分の見直しを働きかけ、安心して働ける職場と利用者にとっての最善の支援をなんとか実現させたいと、施設長はじめ皆さんが口々に話してくれたこと。
ともすると私なんかは綺麗ごとで話を進めてしまう傾向がありますが、現実はもっと重く、厳しく、みんな歯を食いしばって頑張っているのだなあと、つくづく思わされた2日間でした。
そして30,31日の土日は台風が関東に接近ということが気になって、母のところへ。いつもは母が駅まで電動車椅子で迎えに来てくれていて、1週間分の買い物を済ませるのですが、この日は母も出て来れないので私一人キャリーに買い物をした品物をいっぱいに詰めて歩いているとき、突風がふいて傘がぺしゃんこに。降り注ぐ雨にびっしょりに濡れながらキャリーを轢いていく「老女」の姿は人にはどう写ったか?でも当の本人は不思議と冷たい雨が気持ちよく、強風もなんのその、一路母の家を目指して歩いていました。
今日は台風一過の秋晴れではありませんでしたが、たまねぎの苗を植え、3週間前に播いておいた大根の疎抜きを行いました。
今畑は、半分は農家の方に使っていただき、後半分は冬野菜の種まきも殆ど終わっていて、まだ草も生えないので殆どやることも無し。
1年中こうして草が生えないとどんなに楽かなと、綺麗に整った畑を見ながらつくづくと思いました。
今外は雨が降っています。植えたたまねぎの苗に水をやらなかったので、ちょうどいい具合です。
でも、降りすぎると洗濯物もたまっているので困ってしまいますが・・人間って勝手ですよね。
これから棟居先生にお借りした青木恵哉の「選ばれた島」を読みます。これは昭和初期に沖縄でハンセン病療養所建設に血みどろの戦いをしたキリスト教徒の実話です。
では、おやすみなさい。