私は小さい頃から、今思えばHSPの特性だったのかもしれませんが、常に周りの人の目を気にして生きていました。


些細な音や光にも敏感で、いつも緊張していて息も浅い状態。


「何のために生きているんだろう」
「生きることって大変だな」


そんなことを感じながら過ごしていました。


小学校の頃はまだそこまで意識していませんでしたが、中学生、高校生になるにつれて、人前に出ることや発表することが苦手だと気づきます。


人前に立つと、お腹がガチガチに固まり、冷たくなり、息が浅くなる。
頭の中が酸欠になったように真っ白になる感覚でした。






高校卒業後、私は短大へ進学し、保育士を目指しました。


子どもが好きだったこと。
弟が二人いて、小さい頃から面倒を見ることが得意だったこと。


実習中に少し違和感を覚えることはあったものの、進路を変えることなく保育士になりました。


ところが、保育士の仕事は人前に立つ機会がたくさんあります。


子どもたちの前、保護者の前、職員の前。


特に私が苦手だったのは誕生会でした。


完璧主義で、人の目を気にしてしまう私にとって、人前に立つことは大きなプレッシャーでした。


「失敗してはいけない」
「ちゃんとしなければいけない」


そんな思いで毎回緊張していました。


ある誕生会の日。


私はペープサートを担当していたのですが、緊張が限界に達し、途中で頭が真っ白になってしまいました。


吐きそうになるほど苦しくなり、後輩に紙芝居を代わってもらったことがあります。


本当に情けなくて、


「なんで私はこうなんだろう」


と自分を責めました。


苦しくて悲しくて、でも誰にも相談できず、保育士としての自信を失っていました。


それでも、


「せっかく取った資格だから」
「続けなければ」


そんな思いで働き続けました。


母の兄弟には教師をしていた人がいたのですが、若くして亡くなっていて、どこかでその人の分まで頑張らなければいけないような気持ちも抱えていました。


その後も10年以上保育士として働きました。


工夫や改善を重ねながら、なんとか乗り越えてきましたが、本当はずっと苦しくて、その気持ちを見ないふりしていただけだったのだと思います。


そして保育士になって10年以上が過ぎた頃、私は卵巣の病気になりました。


手術を受け、しばらくゆっくり休む時間ができました。


今思えば、その時間が人生の転機だったのかもしれません。


自分と向き合う時間がたくさんできたのです。


本を読むようになり、


「なぜ私はこんなに緊張するんだろう」
「どうしたら楽になれるんだろう」


と、自律神経や心の仕組みについて夢中で調べ始めました。


その中で気づいたことがあります。


体と心はつながっているということ。


腸活をしたり、生活を整えたり、自律神経を整えたりすることで、あれほど強かった緊張感が少しずつ和らいでいったのです。


「私、変われるかもしれない」


そう思えた瞬間でした。


でも、その時の私はまだ知りませんでした。


体は整い始めたけれど、長年抱えてきた思い込みや心のクセは、まだそのままだったことを。


そしてこの後、私は『潜在意識の書き換え』と出会うことになります。

続きは次に書かせてくださいおねがい