石階段を上がった場に本日行われる総舞奉納に際し、入場料が要る。

神社外、信号地に大きく掲げた本日の案内を覚えておられよう。

そこに表記した、名義が志納料の入場料を受付に支払って宮入した。

会場にパイプ椅子を据えている。

自由に座ってもいいが、今の時間帯なら、先頭のパイプ椅子に陣取っておれば、いいと伝えてくれた。

席を決めたら、奉納の時間帯は、一切動いてはならず、である。

コロナ対策に距離をあけて据えている。

また、講社の人たちが演舞する場は、四方竹の囲まれた神事の場。



筵を一面に敷いている。



何人たりともその場に入ることはできない結界に、しめ縄を張っている。

結界の外は茣蓙敷き。

子どもたちを優先的に座ってもらう特等席である。

奉納する場に、「国指定重要無形民俗文化財」文字のある幕を張っている。

本日の総舞奉納は、伊勢大神楽講社 山本勘太夫社中。

講員は、7、8名のようだ。



講社が移動する際にも使用する道具箱。



さまざまな大道芸の採物に扱う祭具の種類は多い。

この場に知り合った地域の祭り記録に奔走されているMさんの話によれば、移動運搬可の大道芸道具箱は今年新調したもの。



それまでの社中札は板一枚だったが、新調にともない専門のだんじり彫師につくってもらった獅子頭付の講社札である。

さて、講社中は、奉納がはじまるまでは、朝から泉南や阪南市の各地を廻り、かどつけ(門付)をしていたそうだ。

Mさんは、在地の町内を回檀(※民俗語彙では各家を巡るかどつけ“門付”であるが、講社は、檀家廻りに各家をお祓いするという意の回檀)されていた様相をアップしてくださった。

その地は、おおよそ55年前に来たことがある泉南の地。

懐かしい地名が耳に今も残る泉南市信達市場。

向かいに住んでいたM家が引っ越した転居先。

遊びにおいでと云われて出かけたその近くに景勝地があった。

低山にそびえる凸凹な白砂の岩山みたいな景勝地。

奈良でいえば、香芝市の屯鶴峯(どんづるぼう)に、さも似たりの砂川奇勝

大自然が遺した地

戦前は、誰もが知っている一大観光地。

おふくろも大ばあさんもそう云っていた観光地


会社の若いもん、2人を連れていったこともある砂の山で記念のモノクロ写真を撮った記憶もある懐かしの地である。



奉納神事を撮っていた専属カメラマン。

大型レンズを装てんしたカメラで狙いを定めてシャッターを押す。

Mさんをはじめ数人は記録撮影者たち。

黒い服装の講社専属カメラマンも就いている伊勢大神楽講社山本勘太夫社中の総舞奉納

午後5時直前。



総舞奉納奉告祭・神事を終え、境内から聞こえてきた出囃子。

にぎやかしの音が一挙に盛り上がる。

笛や小太鼓(締太鼓)、太太鼓(鋲打太鼓)、手拍子(胴拍子・平鉦)の音色に身体も勝手に動く。

早いリズムに心も踊る


平成26年からはじまった波太神社大神楽奉納も今年で9回目になる。

初年から3年ほどは立ち見が多く、境内いっぱい、ぎっしり詰まったそうだ。

本日の入りはコロナ禍だけに以前の1/3~1/4くらいに減少した、一つの理由は観飽きたという点もあるらしい。

コロナ初年の令和2年7月は予定日が荒天のため、日程を替え、神楽舞だけはやむなく拝殿を場に奉納されたそうだ。

さて、山本勘太夫社中の奉納演目は・・・

一.★鈴の舞、二.四方の舞、三.跳びの舞、四.★扇の舞、五.★綾採(あやとり)の曲、六.★水(みず)の曲、七.吉野舞、八.手毬(てまり)の曲、九.傘の曲、十.樂々(ささ)の舞、十一.劔の舞、十二.★献燈(けんとう)の曲、十三.★神来舞(しぐるま)、十四.★毬獅子(たまじし)の曲、十五.★劔三番叟、十六.★魁曲(らんぎょく)“花魁道中”の十六番。

(※★印は令和4年に行われた舞曲)



<鈴の舞>

「伊勢太神楽、最初の舞。軽快な音曲に合わせ、右手に握った鈴を振り鳴らして舞う儀式的な舞である。天照大御神や八百万の神々の御神徳を受け、伊勢太神楽が向かう先々に眠る御霊の鎮魂を行う。神社での奉納の際は、総舞に先駆け拝殿にて行う。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」と、あったが、当神社では、境内であった。



<扇の舞>



扇の舞に登場する猿田彦。

装束も美しく、頭に天冠の鶏を被る猿田彦。



つい、レンズが追いかけたくなる天冠の鶏が印象的に映る。

余談ではあるが、十二支の酉年に賀状デザインの一枚に採用したことがある。

「猿田彦が、扇を持って獅子にじゃれかかる。獅子は猿田彦が手に持つ扇欲しさに、後ろを追いかけ回す。猿田彦はじゃれかかる獅子と戯れるようにみせて、遊びの中で修練を課す。猿田彦の導きによって、立派に成熟した獅子は、扇を授けられ狂喜乱舞する。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

高々と投げたバイ(木棒)。

落ちて来るバイをさっと受け取る。

額にバイをのせ、笛を吹くなど様々な芸を披露する放下芸。

隣にいる演者。

その所作を真似ようとする道化師の姿が笑いを誘う。



<綾採(あやとり)の曲>



「天照大御神に捧げる神衣(かむい)を織る機織り(はたおり)の動きを表した演目で、最初に演じられる放下芸(ほうかげい)である。道化師役の”これから、これから、放ったか投げたか、取ったか、締めたか”の掛け声で始まりを告げる。撥(ばち)の先端の赤い装飾は、かつて火を灯し演じていた名残である。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

<水(みず)の曲/皿の曲>



「水を掌る(つかさどる)神々を称え、感謝を表現した放下芸。特に農業に関係した水害・日照りなどが起こらぬよう五穀豊穣お祈願する意味をもつ。”半水(はんみず)・長水(ながみず)・突き上げ”と、呼ばれる大神楽の基礎的な放下芸と、”皿の曲”と、呼ばれる応用的放下芸の二部からなる。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」



<毬獅子(たまじし)の曲>



「お伊勢参りへ出かけた翁だが、道中に現れた獅子によって大切な毬(たま)を奪われてしまう。やがてさまざまな工夫を凝らし、毬(たま)を取り戻した翁は、現れた達磨(だるま)とともに喜び駆け回る。翁の毬は、“円満無欠で揺るぎない心”を、達磨は、“七転び八起き”を象徴している。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

<献燈(けんとう)の曲/別名に茶碗継ぎがある>







「天照大御神の恩恵に感謝し、一年十二ケ月分の御燈明を天に捧げる様を表した放下芸。軽快な音曲である。“祇園囃子”に合わせ、十二の茶碗を巧みに積み上げ、献燈になぞらえる。熟練の放下芸師は、腕試しに十四の茶碗を積み上げるのが通例となっている。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

<神来舞(しぐるま)/※南勢 伊藤森蔵流>







「一年の厄払いを行うため、一月から十二月までの十二段で構成され、その踏み足は三六五歩から成る。各家元によって舞の型や足運びが異なり、篠笛の旋律も他の演目とは一線を画している。伊勢大神楽最古の舞であり、同時に最も尊い演目と云われる。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

<劔三番叟(つるぎさんばそう)>

「長剣・短剣を使い分け、四方八方の邪気を祓い、災いを除く。最後は鈴と扇を使い、三番叟を踏み、切り落としにて終わる。三番叟は日本古来の祝福舞であり、大地を踏み鳴らす所作やハレの意味付けがなされた萬歳(まんざい)の“落とし”など、祝福芸の要素が色濃く残る。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

<魁曲(らんぎょく)>



力自慢の台師に飛び乗る獅子の肩車。



飛び乗った肩に立ちあがろうとする。



肩車した上で獅子が舞うという、最も熟練の技が必要とされるアクロバティックな芸に魅了。

総舞の締めくくり。

二頭立ての花魁道中に圧倒される。

奈良県では、昭和54年に指定された県無形民俗文化財、曽爾村の獅子舞の所作を思い出すが、比較にならないほど本家の伊勢大神楽の演技に酔いしれた。

<魁曲(らんぎょく)>









「伊勢太神楽の最後を締めくくる放下芸。江戸時代、伊勢神宮に参詣を果たした人々は、古市の遊郭で精進落としの遊びを楽しんだ。この曲は、その古市の賑わいを表現したものである。舞と放下芸が、融合した特殊な演目で“女形(おやま)の道中”の呼び名で親しまれる。(※伊勢大神楽講社山本勘太夫社中記より)」

総舞奉納の演目を終えた伊勢大神楽講社山本勘太夫社中。

四方竹を倒し、結界を解いたら獅子が最後にしてくれる獅子の頭噛み。



親が抱く幼児のほとんどが泣いてしまう。

子どもにとっては、初めて見る獅子に恐怖を覚えるが、一つ経験することによって成長した幼児も、自ら頭を突き出すほどに・・。

大人も、高齢者も頭を獅子に噛んでもらって、邪気を喰い、魔を祓う。

厄除けに無病息災、身体堅固。

ご利益を授かった人たちは、笑顔になって家路についた。

Mさんが、令和4年の7月30日に収録された総舞奉納

臨場感溢れる動画に魅了される。

この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

日本の民俗芸能である獅子舞

全国に見られるが、土地、地域差によって独特の姿、あり方、所作もそれぞれである。

なお、参考までに、平成28年に奉納された鈴の舞・四方の舞・跳びの舞(動画)も載せておく。

(R4. 7.30 SB805SH/EOS7D 撮影)