「自分人間として最低かも。」
お母さまが自国で亡くなって
数か月も経つけれど
そのことを考えると動けない。
お母さまが亡くなってから
始めたセラピーですが、
この時点ではそれから
4か月経っていました。
それでも時折思い出したように
お母さまの話をされると
いじけてしまった男の子の様に
黙り込んで
時々大事なことを
コンピュータ越しに文字で
書いてきたりします。
けれど辛い問題の話に触れると
それを避けるが如く
黙ってみたり、
セッションを直前で休んでみたり
全く違う仕事の話をしたり。
そんなラディさんに言ってみました。
問題を解決するには
「問題の周りを探る」のではなく
「問題の真ん中を貫く」
というのがGolden Rule
というか
それしかないのだそうですよ、
と。
「え、ちょっと怖いな」
と言いつつ、
理解の早いラディさんは
ご自分が現実逃避型だと
セラピーで気づいてからは
言われたこと以上に
一生懸命に打ち込もうとする
そんな一面もあります。
改めてラディさんに伺ってみました。
何が一番つらいですか?
「自分が許せなくて。」
頭では
アメリカでの仕事をずっと休んで
自分の国に帰って
お母さまの傍に長く居ることは
無理だったし
出来るだけ頻繁に帰っては
お母さまの世話や家族の世話を
ひっきりなしにしていた。
でも何か足りなかった気がする。
もっと何かが出来た、というよりは
何か自分の在り方そのものが
足りない人間のままの気がして
「お母さんに申し訳ない。」
と言われます。
セラピーでは
感情を言葉にして受け止める事で
行動も思考が少しずつ変わるという事が
多いのですが
ラディさんに感情を伺うと
ご自分を責める事で
ヒートアップしてしまうのと
ご自分の感情と思考の違いの
境界線がわからないと言われるので
今日はちょっと特別な
お願いをしてみました。
わかりましたラディさん。
では、今日は特別「感情さん」には
あちらのソファーで
ゆっくりと座っていただいて
今まであったことの事実だけを
並べていただけますか?
そうしたら
その途端に安心したように
シャキッとしたラディさん。
というのも、
ラディさんは普段
コンピュータを使って
生徒を教えていて
責任感が強く
弱みを見せない人。
最初の頃はセラピーの中でも
感情をどこかに閉まって
理論で問題を片付けようという
姿勢が全面に見える人だったのです。
「どうすれば良くなるか?」
「何をすればうまくいくか?」の
How to のWhat to doの部分ばかり
聞いてきたりしたラディさんに
思考だけで人の行動が変わるのなら
セラピーに来られる前に
とっくに治る人が多いはずですね
と言うことが多かったのですが
感情とはそもそも語ることに慣れていない
どうして良いかわからない
そんな感じがありました。
そこへ今日は、感情は彼方に置いて
今まであったデータだけを教えてくれ
と言われたわけですから
突然「任せて!」モードになり
ホッとしたのも納得です。
そこでラディさんが話し始めた内容は
お母さまが末期がんと知ってからは
お母さまに会うために、
自分と妻、もしくは時には自分一人の
航空券を買って、何度も何度も足を運んだ
だけではなく
貧しい親戚にも飛行機代を出して
お母さまにお別れが出来るようにした
いつもは医者との話し合いを
自分が引き受けるのだけれど、
そこは今回は弟と父親に任せた。
それが悪かった気がするが、
以前妹の夫の医者や
奥さんの父親の医者と話したのも
一番近い人間には辛すぎる話だから
自分が買って出た。
でもそう思えば、今回一番近い自分が
お母さんの病状を詳しく医者に
聞く役を買わなかったことは
今考えると
悪いことではなかったかも
知れない。
そして、兄弟の面倒を見て
妹の生活費の足しを置いてきて、
お母さんに伝えた、と。
「お母さん、僕はいい仕事に就いて
金銭の心配もない。妻もいるし
弟も妹も元気だし。
僕が面倒みるから
お母さんが何も心配すること無いよ」
と伝えたられたとか。
でも、お母さんはそれで安心して
逝ってしまったのではないか。
まだまだ子供の世話をしなきゃと
役割があった方が
もっと病気に打ち勝とうと
思ったのではないか。
ここまで話をしたラディさんに
伺ってみました。
ラディさん。
今ご自分の耳で
ご自分のお話を聴いてから
どう思いました?
「...わからないけれど
話して見たらそんなに酷いことは
していないかと思ったかな。」
少し心に迷いもありつつ
何かに気づいたのか
だいぶ落ち着いて見えました。
「ビザの事情や仕事があって
長くは国に居られなかったけれど」
そうですよね。
お母さまに会いたかった人
お母さまが合いたかった人達が
貴方のサポートで会うことが出来た。
そして、あなたが今成功していると
お母さまにお伝えしたという事は
普通の母親だったら
それは「自分が子育てを成功した」と
そのような気持ちになるのでは
ないでしょうか?
それをお母さまが逝かれる前に
お伝えされたのですよね?
「!」
話をされる前までは
黙り込んでただ涙を拭いていた
彼ですが
この時は、何かを任されて
どんと構えた立派な大人の顔
になっていたとでも言いましょうか。
今どんなお気持ちですか?
「一週間苦しかった感じが
今はないかも。
でも、本当にこれで良かったのかな?」
どう思われますか?
「母が自分の人生を成功した
と確信して逝くことができた
とは思っていなかった、から
そうですね。
今は罪悪感は減っているかも。
でも、今頭の中が
すごいことになっていて
ぐちゃぐちゃ!」
そう言って笑っておられました。
そうですか。
今すぐに消化しなくても
舞い上がった砂は
いずれ落ち着くのではないですか。
それにしても
良く勇気を出して、
問題の真ん中を突っ切られたと
思います。
とにかくお疲れさまでした。