前までかかっていたセラピストが
別の仕事の為に去ってしまい、
私のところに来られ始めてから
まだ2回目のライオネルさん。
1回目はどちらかというと、
喜々として、
前回のセラピストに恋をして
最後のセッションで打ち明けた
というお話しや
自分が音楽が好きで、
楽器が弾けるお話、そして
趣味の写真の技術や、
カメラやレンズの専門的なお話を
楽しそうにされて、
「僕は先生にセラピーをしてもらうのに
相性がよさそうだ。」
と言いながら、ウキウキと
帰って行かれました。
2回目の今日は、
ノックもせずにいきなり来られ、
最初から、表情から話し方から、
前回と全く違っておられます。
「アパートを追い出される。」
そう言って、ただただ、
ふてくされたように
うつむくライオネルさん。
かなりショックを受けておられる
模様です。
一方で私は、ライオネルさんの背景を
全くと言って良いほど知りません。
トラウマがあるというお話は
前のセラピストから伺っていたものの、
それ以外の情報は入っておらず、
何もわからない状態です。
しかも、お会いして2回目で
自分のトラウマのお話をされる方は
めったに居られません。
安心してお話をすることが
出来るようになるまでは、
セラピストとの信頼関係を
築き上げる時間が必要なのです。
ライオネルさん。
「俺は人間が本当に嫌だ。」
「こんな腐った社会、
生きている価値はない。」
そう言われながら、
顔つきはどこか、
人懐っこい人が、
誰かに裏切られて、
ふてくされている、
そんなイメージです。
どうして、アパートを
追い出される羽目になったのかの
具体的な説明がなく、
漠然と、社会に対する
コメントが、間接的に漏れます。
家を探しているのなら、
施設内のハウジング・サービスが
受けられるのでは、と
別のスタッフに、メールを書くべく
ライオネルさんに、背景を
伺いました。
そうすると、ライオネルさん。
ハウジングのサービスは、
すでに10年以上受けておられ、
以前も、今回のようにアパートを
移動したこともあり、
今現在も、場所を移されるために
物件のリストを既に渡された、
と言われます。
けれど、
「見ないで送り返した。」
と。
「どうせロクな所はない。」
「いっそ死んだ方がましだ。」
そう言われながら、
しばらくうつむいておられます。
一緒にしばらくうつむいて
考えます。
ライオネルさん。
そう言われる原因があるのですね。
それは何なのでしょう?
「...。」
話されなくても結構ですよ。
これは、私の印象に過ぎませんが
随分、社会に対する期待が
大きいのですね。
社会が腐っていると言われましたが、
確かに、社会は腐っていると、
私も思います。
「あぁ、本当に腐っている。」
そう言われながら、
最近、別の件でも
似たようなことがあって、
本当にがっかりした
というお話をされる
ライオネルさん。
腐っている、そう言われる
ライオネルさんには、
未だに、社会に対する期待を
裏切られたくないと
思っておられる雰囲気が
伝わってきました。
伺ってみます。
まだ、ライオネルさんに
お会いして、間もないので
良くわかりませんが、
ライオネルさんには、
もしかすると、
子供の頃、
だれか周りの大人に、
甘えたくても甘えられなかった
そんな経験がおありでは
ないですか?
その途端、頭をもたげ、
目を見開いて、真剣に
こちらを見る
ライオネルさん。
「あぁ、俺は、アル中の父親に
殴られ続けて育った。」
母も殴られた。
両親は離婚したが。」
2回目の面談で、いきなり
痛いお話をお話しされました。
それなら、と、
まず、最初の段階で行う、
家族構成を含めた背景の説明を
伺いました。
「俺は、4人兄弟の長男で、
皆んな男。
みんな殴られた。
母は優しかった。」
うつむくライオネルさん。
お父様の暴力は
いつから始まりましたか?
「俺が生まれた頃か、その前から。」
「俺は、『人々』は嫌いだけれど、
個人の人間は嫌いじゃない。」
「それに、人が苦しんでいるのを
見るほど悲しいことはない。」
そう言われながら、弟さん達が
殴られた状況を思い出し、
自分への暴力よりも、そちらの方が
悲しかった、と言われました。
「俺は話をするよりは、聞く方が得意。
同時に、みんなの世話が好き。
だけれど、
自分の事を置き去りにしてしまう。」
「この年になっていまだに、
ちゃんとした仕事を持っていないのは、
兄弟の中で俺だけだ。」
と言われました。
なるほど。
それなら伺います。
お母さまとお父様が離婚されたのは
ライオネルさんが何歳の時ですか?
「13歳の時。
その2年後に、父親は自殺した。」
痛い!痛いです。
15歳の少年には、痛すぎるお話です。
最初から突っ走る、ライオネルさん。
ライオネルさんの当時の心情を
お察ししつつ、その心の痛さを感じる
私の表情を見て、
ライオネルさんは、
改めて何かを感じられたのか
涙を流し始められました。
しばらくして。
ライオネルさんのお話から、
私はやはり、お母さまは、
ご自分とご自分の子供を
守る手段に踏み切るまでに、
長男を産んでから13年もかけられた、
つまり、ご自分よりも
相手の世話を優先してしまう
人であったかもしれないと
納得しました。
ライオネルさん。
ライオネルさんが、人のニーズを
優先するのは、
お母さまゆずり、ということは
ありませんか?
「!」
しばらく黙られるライオネルさん。
「それはとってもそうかもしれない。」
ライオネルさんの中で、
何か思い当たることがあるのか、
しばらく思慮深い顔をして
考えておられます。
「以前、セラピストに言われて
気づいたことがあったんだ。
母は優しかったけれど、
俺らを守ってはくれなかったって。」
相手の怖さを感じないために、
自分の気持ちを押さえつけてしまう。
そんな親達の中には、
自分の子供達の気持ちをも同時に
見ようとせずに過ごしてしまうことは
往々にしてあり得る様です。
そこで伺います。
それはライオネルさんにとっては、
きっと、
頼りたくても、頼る存在が
居なかった、ということでしょうか?
生まれてからすぐに、
当然期待していいはずの相手から、
思う存分得るものが得られず、
期待外れの寂しい思いと、
落胆の気持ちを沢山
経験してこられたであろう
ライオネルさんには、
社会の対応ががっかりな時、
無意識に子供の頃の
落胆と共に寂しさも
よみがえってしまうのかもしれません。
そうでありながら、同時に
子供の頃に満たされるべき
基本的な欲求が満たされずに
過ぎてしまった為に
未だに人にも社会にも
甘い欲求を実は捨てきれずに
持ち続けている、
そんな様子も伺えますが
いかがですか?
そんな話をしていたら、
最初のふてくされたように
うつむいておられた表情とは
全く違う、
考え深い顔になっておられました。
今にも死んでしまうのではないか
というコメントもしておられたけれど、
念のため伺ってみます。
ライオネルさん。
以前もハウジングのお世話になった
と言っておられましたが、
今の部屋は、それ以来ですか?
「その時に仕方なく決めた。
あの時も酷かった。」
「あの時も死にたかった。」
そのお部屋を今は離れたくないのですね。
「...。」
その酷かった時を、以前は
どうやってサヴァイブされたのですか?
「わからない。友人かな。」
今でもその人達は居られますか?
「いない。」
先週、以前のセラピストに
恋をされたと言われましたが
アパートを見つけられて
生き延びられた結果、
彼女にも会えたのですね。
「そうか。うん!」
ストレスを乗り越えるスキルは
お持ちですか?
「何それ?」
前のセラピーでは?
「やっていない。」
例えば、もう何もかも嫌になって
しまい、『投げ出したい』いう気持ちになった時
思い詰めるところまでいかずに
気を紛らわすスキルのようなものは?
「死にたくなったら
入院したことはあるけれど。
でも、これがまた酷くて...。」
そりゃ、病院は酷いでしょう。
それに、それはご自身のスキルでは
ありませんよね。
でも、ライオネルさんの場合、
既に沢山のスキルをお持ちでは
ないですか?
「え?」
落ち込んだ時に、気を紛らわす方法は
何か思い当たりませんか?
「音楽...かな?ギター弾く。」
いいですね。他には?
「写真はいいね!
写真を撮りに行く!
カメラはないけれど、
とにかくアパートに一人でいると
気が狂いそうになる。」
とにかく家を出る。いいですね。
「でも、この町には浮浪者が
多すぎて、気分転換にも
なりやしない。」
バス代を払う余裕などは?
「ある。 なるほど。」
「あ、それと以前、山登りした。」
いいですね!
呼吸器官と心臓を動かすのは
実は一番良いのです。
考えたくないのに考えてしまう
ということはありますか?
「いっつもそうだ。」
それは、脳の真ん中にある
帯状回という部分が、
いわば異常活動している状態です。
そう言いながら、
コンピューター画面に
脳の図を開きます。
鬱の人の脳は、活動が下がっていると
思われがちですが、実は
この帯状回がオーバーヒート
している状態が多いようです。
抗鬱剤は、この帯状回の部分の
活発を抑えてあげる働きもあります。
「俺、調子の悪い時
物を忘れたり、
一つの事をやろうとしていたのに、
いつの間にか違うことをしていたり
なんか集中できない。」
それは、前頭葉と言う
高度な機能をする脳の部分が
充分に働いていないこととも
言えます。
前頭葉は、集中したり、
物事を整理して考えたり、
物事の先を見たり、
衝動を抑えたり、と
人間が人間らしく生きるのに
大事な部分ですが、
心肺を動かして血流を良くすれば、
脳全体にまんべんなく
血が届きやすくなり
前頭葉にも血液が届けば
思考もはっきりすると同時に
余計な心配事もなくなる、
というわけです。
「なぁるほど。」
「確かに、出かけるのが
億劫でも、
歩いて帰ってきた時は
出かける前よりも
調子がいい。」
ライオネルさん。
話しておられる様子からみて、
波長が合っている感じが
します。
そして、
オフィスに来られた時の、
今にも消え入ってしまいそうな
顔色の悪さがいつのまにか
消えておられます。
これから、なんとなく
私とのセラピーを
続けて行かれることに対する懸念も
『おそらく大丈夫』
という手応えがありました。
ライオネルさんが、これからの新たな
厳しい道のりを
超えて行かれなくてはならない。
そのまず最初の一歩として
今回はとにかく安心して
ご自宅へお返しすることが
出来たことは、よかったです。
ライオネルさんの神様。
ライオネルさんが
心を開く方向に導いてくださり
有難うございました。
そして、ライオネルさんが
上手く軌道に乗られることを
お祈りします。
